わたしの鼓動

Aug/2004 

骨肉腫

骨肉腫。といっても、ペットのハムスターの骨肉腫。悪性の癌である。

もう1か月も前に、右手の人さし指の付け根にできていた。
出血もしている。
獣医さんに見せると、“けがですね、巣を清潔にして、抗生物質を飲ませてください。様子をみましょう”という。
清潔にしてといったって。2〜3日前に洗ったばっかり。腫瘍じゃないの? ハムスターには多いって聞いているよ?
でも、まあ、いわれたとおり、様子をみる。トイレ砂は、出血の後にくっつく様子なので、やめ。大好きでしょっちゅうかじっている松ぼっくりも、ヘイキューブ(干し草をさいころ状に固めたもの)も、いかにも、傷口にばい菌を入れそうなので、やめ。
ハンドヒーリングを毎日し、1週間ほどは、抗生物質も、飲ませてみる。
だけど、全然、傷は小さくならない。単に化膿してはれているようには、思えない。
暑い夏のせいもあるかもしれないけれど・・・食欲も落ちてきたみたい。出血も、ある。

で、別のお医者に行く。
“腫瘍ですね”。“良性であれ、悪性であれ、ここから出血して、細菌感性の可能性もあります。命に関わります。とりましょう”という。“僕の家で個人的に飼っているハムも、最近手術したんですよ”。えー。だって、家のハム、もう、ご高齢だし・・・。“指だけですむかもしれませんが、手首から先か、腕の付け根から先を切断することになると思います”。ひえー。3本足の、ハム。
“脚断って、3本足になるってことですか?”
“そうです”
“それで、運動とか、餌とか、大丈夫なんですか?”
“大丈夫です。全く問題ありません”。自信満々?淡々と?先生は、いう。
“高齢だし、無理に手術しなくても・・・”
“そういう考え方もあります。よく考えて、決まったら電話をください”

ひえー。ハム。夏のせいもあるかもしれないけど、毛並みも悪くなってきた。
できれば、丈夫で長生きしてほしい。QOL(生活の質)も、ハムなりに保って、苦しまずに、脳天気なままのハムでいてほしい。元気に餌をねだる姿を見ていたい・・・そんなのは、人間の、エゴだ。・・・わかっている。
何をどう選んでも、本来生きる環境から引き離して、本来食べているものではない(それでも栄養のバランスはとれているといっているけど)物を食べさせて、本当に狭いところで、自然の草も、土も、何もないところで、仲間にも、そうして敵にも会わない、会えないところで、“飼う”ことをしている。ハムにとって何が幸せか、私がよく考えて選ばないといけないんだ。・・・“ちゅ”は、どうしたいのか、な? 聞こうにも、それは、聞けない。目を見たって、わからない。

そういうときって、他の人はどうしたのか、気になるものだ。
他の人の経験を参考にしたく、なる。
ネットで、検索する。
  “ハムスターには人間と同じような痛みはありませんので、
  けがした足を自分で噛み切ってしまうこともあります”
  “うちのハムは、腫瘍の手術をして、その後、半年生きて、
  ある日、小屋のそばで眠るように亡くなっていました。
  たぶん腫瘍のせいではなく、老衰だったと思う”

このまま、食欲がなくなって、出血過多で、腫瘍と心中するより、できれば、老衰でいってほしい。そう、私のエゴ。でも、きっと、“ちゅ”にとっても、それが幸せだと思う。

手術の日は、“ちゅ”は、“自分にとって特別な日だ”ってわかったみたい。なんか、朝から、落ち着かない。早めに家をでて、先生にお願いする。“じゃあ夕方むかえに来てください”。
半日入院の手術。

迎えにいくと、とても丁寧に説明してくださって、慎重に、ハムに会わせてくれる。
右手首から先がなくなっていたけど・・・うちの“ちゅ”だ。麻酔の事故にも遭わず、生きている。よかった。

“縫わずに、生体接着剤?(といったように思う)で留めてあります。1週間様子を見て何かあったら連絡ください。なければ、それでけっこうです”

ふーん。接着剤。えっ、接着剤。プラモみたい。気にしいのハムには、それがいいのだという。

家に帰ってきた“ちゅ”は、何事もなかったかのように、元気・・・といいたいところだけど、そうじゃなかった。麻酔のせいもあるかもしれないけれど、失ったものに、呆然としている感じだった。“なくなったんだ”ということを一生懸命、納得しようとしている感じ。(そんなのは、人間の気持ちの投影だろう、わかってる、でもね、そうみえた、彼は、何事もなかったかのようには、ふるまわなかった、過度に傷が痛んでいる様子もなかったけど、ね)
それでも、食欲は、戻った気がする。3本足でも、ちゃんと、歩いている。

何事もなかったわけでは、ない。彼は右手を失った。不自由なことだろう。慣れるのに時間も(ハムなりに)かかるだろう。

そうして、2〜3日もすると、回し車をまわす。隠れて動かなかったお散歩も、元気に歩きまわるようになる。ガラス越しに、切なそうに(そう、そんなことも、人間の投影、わかってる)、外を、見る。
すっかり、食欲も、戻ってくる。
右手を失う前より。ずっとずっと、食べるようになった。

よかった。

まだ、1週間経っていないので、どうなるかは、わからない。
1週間経った後だって、腫瘍が転移していないとも限らない。
“高齢ですので、何度も手術するわけには、いきません”と、先生はいっていた。
それでも、よかった。
きっと。
お散歩してくれるだけでも。
ずっと。ずっと、ハムらしい。
片手、ないとしても、“ちゅ”はとてもハンサム。とてもかわいらしい。元気な姿が、ね。
いとおしい。

元気でいてね、“ちゅ”。










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