Dec/2004
キラキラ光るサンキャチャーがやってきた。2つ。
部屋のあちこちで、小さな虹が見つかる。小さな幸せ。妖精のすんでいる部屋になった気分。すぴこんで、他の出展者から購入した。“おねえさんにはこれが似合う”。営業トーク、うまいなあ。二つ返事で買っちゃった。もう一つは、共同出店者の友人からやってきた。トランペットを吹く天使。きらきらかわいい。
何年か前に、虹をみた。2つ。
その時私は、セラピーの勉強をはじめるところだった。先生たちとの面接を終えた帰り道の電車の中で、どーんと太い、私から?まっすぐのびる、虹をみた(いいえ、実際には、もちろん窓の外に、ある。空にかかっている。方向としては、まるで私からのびているようだった)。その時の車内はまばら。なぜか、誰も、虹の方を見ていない。読書をしていたり、寝ていたり。私は、声を上げそうになるほど見事な虹を・・・一人で見ていた。
2つめは、同じ時期に、部屋から。ゆらゆらとゆっくり上昇する、細い、くねくねとした印象のある、虹。ずっと後から思うと・・・まるで、虹色のドラゴンが空に昇ってゆくような、そんな感じ。でも、ドラゴン、竜じゃ、ない。鱗はない、目も、ない。やっぱり、ゆらゆら揺らめく、虹。それもやっぱり・・・一人で、見た。
そう、あの時の虹が、ね・・・ずっとずっとサイズは小さいのだけれど・・・私の部屋にやってきてくれたみたい。窓辺に置いたサンキャッチャーがキラキラ光を虹に、変える。虹のある、幸せ。ずっとずっとサイズは小さいのだけれど・・・手の届かないところでは、なく。陽のある昼間なら・・・いつだってみられる。さわろうと思えば、手に触れることも、できる・・・。かわいらしい、虹。
遠くにある、何かすばらしいもの、ではなく。身近にある、幸せ。さり気なくそこにある、幸せ。私の部屋にやってきてくれた・・・。
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ずっと・・・うらやましさを・・・がんばることで乗り越えて、きた。うらやましさを感じないように、何かを、得る。何かに、勝つ。うん、それも一つの方法だよね。きっと、私を成長させた。というか、知識?方法論?は増えた。あるいは、がまん、しちゃう。これも、がんばって。抑圧、だよね。感じなくさせる、うらやましさを、否認する。そうして結局・・・私は、うらやましい、という感情を一緒にいるすべを知らずに、きた。じりじりするような、かーっとくるような、いても立ってもいられないような、どうにもごまかせず、でも、ごまかしきりたいような、うらやましさ。それから、敗北、感。そう、敗北感、とも一緒にいるすべを知らずに、きた。負けたって、負けを認める暇もなく、次の勝負!?(何の?)準備に取りかかる。うげ。やだな。休みなく、駆り立てられる、人生。私は、本当は、そんなにパワフルな人間じゃ、ないのに・・・(うん、ほんとは、まったりのんびり、が好き、なのに・・・)。
そんなんじゃ、謙虚になれない。自分がわからない。
自分がわからないまま、きた。
うげ。やだ。鼻持ちならないやつ、だ/だった・・・。(過去形、なのかな?ううん?じゃ、いまは?じぶんでは、わからない・・・)
そうして・・・どうやら・・・“負け”は人を自由に、する・・・(ことも、ある)。
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私がどうしても欲しいもの、欲しかったものを手にする人々。
目の当たりにしたくない。
そうして・・・目の当たりにすることは、避けられない。それが人生、だから。齢40にもなると・・・時間の有限を意識し・・・勝ち、負け(うげー、やだな)が、はっきりする。(負け犬、なんて言葉、あるよね)
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私はなにより・・・男性に負けたくなかったんだな。
それは、小さい頃の弟との競争心からきたのかもしれない。あるいは、そだった時代背景?もあったかもしれない。(その当時は今と違って、圧倒的に男性優位社会。たった、30〜40年前、なのに、ね。それはね、近代産業社会が“軍隊”と切り離せなく存在するものだったり、明治以来の富国強兵制度の残骸から2回の対戦を経たって、そんなにすぐには抜けきらなかったり(一度得た利権=優位さは手放せない)、たった20年しか歴史がない男女雇用均等法だって、企業が女性の採用活用に“フツウ”に積極的だったりするのも、単にそれが人のありようとして当たり前、というより、将来の少子化を見越して、優秀な社員を獲得したい、活用したい、そのためのノウハウ!?を今から蓄積したい、という雇用者側の思惑があっての、もの)
“男の子の方が得”
小さい頃の私には、圧倒的に、そういう風に、世の中が見えて、いた。
男性との違いを受け入れたくなかったんだな。それで、不利!?になりたくなかった・・・。
がんばれば、不利を跳ね返せる。(終戦直後+高度成長期の価値観どっぷり・・・)
そうやって、父に認められたかった。
(がんばらなきゃ認めない、なんて。女の子の父として、最低、ですね)
(がんばらなくても認められる、どこかにあるから、自分の生きたい方向にがんばれる。魂の望む方向にがんばれる、それが人を誇らしく、する)
“男性なんか大したこと、ない”
(うわー、世の男性の皆様、ごめんなさい<_ _>)
私を認めない父を男性一般に投影して、男性優位に見える社会に投影して、壊しまくる。
勝負、しまくる。(いったいなんの!?勝負?)
(私、怖い人だっただろうなあ)
勝ち負け、を生きる(貢献ではなく、ね)。
自分のありように拠って立つ生き方ではなく。
自分の決め事!?を、狭ーい心持ちの決め事を、“それが正しいんだ”と証明するために、生きる。
(なんてばかばかしい生き方、だ)
それは、本当を見えなく、する。
負けてたって、認めない。
すり変えて、生きちゃう。(そりゃ苦しいよね)
“違い”は、相手を打ち負かし、自分の正しさを照明するためにあるんじゃない。
“違い”は、“違いを楽しむ”ためにあるのに。
“違い”があるから、多様、があり。豊かさが生まれるのに。
協力し合えるのに。
新しいものが生み出せるのに。
全然、そうは、生きなかった。
なんてもったいなかったんだろう?
見たくないものがあると・・・それだけで、自分からどんどん遠く、なる。
自分の本当に触れられ、ない。
勝ったって・・・満足は、ない・・・。
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で、近頃、負け続けている。
私が欲しくて手に入れられずにいるものを手にする人を目の当たりに、する。
それはショックである、と同時に・・・
放棄することで解放される自由もあったりするんだよね。
何の放棄?
うーん。
根拠のない“勝ち負け人生観”の放棄。
私を幸せにしない、人から遠ざける、人生観の、放棄。
負けを受け入れる。
そしたら、ね。何かがゆるんだ。
ううん、はっきりと、肩が、ゆるんだ。
(まだまだ手放せる何かがあるような感触も、ある)
ぱーっと頭頂部のチャクラが開いて、天とつながった。
(まだまだ、細い糸かもしれないけれど)
そうして、地とも、それから、人・人社会とも、つながる。
地平線・水平線の彼方まで広がる、人社会。
逃げも隠れもせず、社会の中にいる。
社会の中で、生きる。
人の中で生きる。
天から供給されるエネルギーは、枯渇しない。
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今までは、目に付いた人や何かに依存して、エネルギーをもらおうとしていたんだよね。
依存・共依存。
うわーきもちわるい。
(と、今なら思える)
共依存が悪いわけじゃないけれど。
それを“わたしがしていた”という事実が、気持ち悪い。
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天とつながり地とつながり人社会とつながってみると・・・(要するに自分の足で立つってこういうことだったんだね)・・・他の人が様々な天とのつながり方、地とのつながり方、人社会とのつながり方、その人がうちに抱え持つものが、以前より鮮明に、といいたいけれど、まだまだぼんやりと、それでも以前よりは、本の少しはっきりと・・・見え?感じ?られる・・・。
人は、天から?地から?くみ上げるものが、違う。ポンプの仕組みの違いのようなもの。それは、ただ、それぞれ、そういう役割、というだけのもの。優劣、では、ない。そして、その人をとおることで同じものでも違うもの?オーラ?波動?が出来上がる。情報でも、品物でも、言葉でも。その人それぞれの独自性。
それは全く、すてきな個性、だ。
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私は、まず、私であることになれないと、ね。
(なんだか、はじめて宇宙から地球にやってきて、肉体っていうボディスーツになれない、ぶきっちょな宇宙人みたい)
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キラキラの小さな虹は、いろいろな色を持つ、たくさんの人々を想い起こさせる。
いろいろな色=個性を持つ、たくさんの人。
人が集まると、さらに何か、楽しいことがはじまりそう。
(ううん、もう、はじまってるの)
新しいエネルギーが生まれそう。
(ううん、もう、うまれているの)
その場に立ち会いたい・・・。
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今はちょっとそんな気分。
メールお待ちしています angel@makoran.jp