わたしの鼓動

Feb/2005 

自己嫌悪

いったい何を書きたいのか・・・
たぶん・・・ ギャップ、について、なんだな・・・

魂が喜ぶ生き方、と、慣れてしまっていて、抜け出せない?生き方、と。

その微妙な違い・・・

安全なところにいて、眺めているのは、いやだな、もう。
一歩踏み出したい。
で、踏み出したとたん、今までの殻をかぶってしまう・・・

いやだなあ。

そうして、踏み出し続けなければ、どうしたって、殻は脱げない。

気付ければいいんだけど、ね。
あ、殻かぶっちゃった〜〜って。
それが、遅い・・・。

自己嫌悪。

それがもう、今までの殻の、罠、だ。

自己嫌悪でうだうだ悩む。歩みをとめる。
自己嫌悪は私を止める。
罠だ。

だから・・・
自己嫌悪もサラッと流して・・・
次に、いこう、と思うのだけど・・・。

いまはちょっと、自己嫌悪の正体を見たい気分なんだよね・・・。

十分、自己嫌悪がリードするダンスは踊ったので。
(自己嫌悪がそうされるまま、何もせずに寝ていたり、何もしなかったり・・・十分そういう時間はとった感じ・・・)

もう、自己嫌悪に巻き込まれっぱなしになっているのは、うざい。

何か、痛みに関することなんだ。

何かが、“痛みを感じなくていい”といっている。
そいつは、母だ。

“痛みを感じなくても、世の中渡っていけるようにしてあげたでしょう?”
と、恩着せがましく、いう。

痛みを一か所に閉じ込める。

そうすると、痛みが甘美にかわる。

ばかみたい。

それが罠だ、そんな罠にはまり続けた。

ばかみたい。

ぬけでよう。

痛みは世の中のそこいら中にあって、
あり過ぎては困るけど、まるっきりなくては、何とも関われない。痛みを恐れていては。
世界に触れられない。

・・・・・・

自己嫌悪はね、そんな自分の殻を見つけた時に、おこる。

“ええ〜、わたしってこんなんなの?”
という自己嫌悪。私を動かさなく、する。

“こんなはずじゃないのに・・・”と、いい続ける。

・・・・・・

ううん。私は、そういう人。痛みを感じないように、殻をかぶりがちな人。

ひきょうな人。

そういう自分と向き合われると、一番都合が悪いのは、母。

母といると、(多分誰でも)いたくていたくて、かなわない。
 いじわるばばあ。(そこにある愛情をくれない人)
 ねじくれた人。(真実でないことをいいつのる人)
 気持ち悪い人。(外面ばかりを保っている)

母といてもいたくないように。
私は殻を自らかぶり、自分で自分に言い含める。
 “これが普通の状態なんだ”
 “痛みは感じなくて、いい”

ばかみたい。

もう、ぬごう。

殻をかぶった状態は普通じゃないし、痛みを感じないのは、異常。

それをちょっとでも自覚しようとすると。
自分の中で、ものすごく葛藤する。
それが多分、自己嫌悪。

これは普通の状態なんだ。痛みは感じなくて、いい。
     と
殻をかぶった状態は普通じゃないし、痛みを感じないのは、異常。

が、せめぎあう。

その戦場に、なる=自己嫌悪。


・・・・・・
一局集中でない、世の中に普遍的にある痛みに・・・。
きちんと出会おう。

冒険しよう。

そう、冒険の始まり。




やったぁ〜〜〜!



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