わたしの鼓動

Jan/2005 

2つの世界

 2つの世界をつなぐ。

1つは、あたたかくお互いへの思いやりに満ちた、おだやかでなごやかで、美しいまことを生きる世界。
もうひとつは、疑心暗鬼と不安と嫉妬と傷つけあい、おとしめあいのまことに触れぬ世界。

だれだって、1つめの世界がいいよね。

1つめは天使の世界。2つめは母の世界。

(わたしにとっては、ね。正確には、天使を象徴とする世界、母を象徴とする世界)
(天使と一緒にいる、と思うと、1つ目の世界にいる安心感や心地よさを感じる)
(母と一緒にいると、2つ目の世界の気が抜けない感じ、怒りや疑いの居心地悪さを感じる)
(だれもが、誰かと一緒にいて、同じ感じを感じるわけでは、ない)
(・・・だからこれは・・・私の外側の話、ではなく、私の内的世界の話)

2つめの世界が、ほんと、すぐ身近にあって、1つめの衣をまとっていた、というところに、私の苦しみが、ある。嫌なものが見分けがつかず、どうやって分離すればよいか分からないほど、“私”というシステムに組み込まれてしまって、いる。
(ほんとは、そういう役割をするのは、“父”のはずなんだけどね。“父”は自分にかまけていて、そういう余裕はなかった。妹さんを失った悲しみに目がくらんでいて?、それをごまかすために仕事に没頭していて?言い訳していて?何も見えてはいなかった)

1つ目の世界も2つ目の世界も私の中にある。
私は2つの世界を生きている。

誰だって、ある程度、そうなのかもしれない。

そうして・・・たったいまの有り様は、苦しくってしょうがない。

・・・・・・
いままで私は・・・1つ目の世界で得たエネルギーを、1つ目の世界を生きて関わって交流した大切なものを・・・2つ目の世界に貢いで、来た。

母の承認を得たくて、ずっと母の方を向いて生きてきた。
(ばっかみたい、ですが、おはずかしいことですが、多分それが私の真実です)

自分の“誇り”となるはずのものを母に簡単に差し出し、けちを付けられることで、自分で自分をおとしめてきた。

常に何かのお眼鏡にかなうか(母のお眼鏡にかなうか)を基準にして、行動する。
(それは、自分で責任とってないなあ)
(その場に自分がない、生き方、だ)
(全て自分の名のもとに行動し、承認しないと)
(いつまでとっても責任が取れない、自分が育たない)

水をざるで溜めようとしてもたまらない。
それでは、心は、あたたまらない。
楽しくならない。
楽しさに水を差される。
自信に水を差される。

何が楽しいか分からない。何があたたかいか分からない。

そうして、2つ目の世界を恥じる。
2つ目の世界も私であるのに、一生懸命押さえて、1つ目の世界にいようとする。
(それじゃあくたびれちゃうなあ)
(消耗し、やっぱり私は育たない)

消耗と貢ぎ物。
それこそが2つ目の世界の作戦だ。
2つ目の世界に力を渡して生きてしまうこと、だ。
(すっとそうやって生きてきた・・・)

・・・・・・
2つ目の世界は2つ目の世界としてどうしたって、ある・・・。
(母は母として、どうしたって存在している)

父は2つの世界を分離するための知恵を発揮してはくれなかった・・・。
(その事実は・・・どうしたってかえられない)
(時間は元に戻らない)

だから・・・私自身が・・・この2つの世界とどうかかわるか、どう生きるかが問われている・・・。

もう、この件で、誰かが助けてくれるのを指をくわえて待っているわけにはいかない・・・。
(もちろんその時々での助けは現れるのでしょう。恩寵として)
(だけど、助けがこないことを、この世界が自分が望んだようでないことを恨んでいても、何も始まらない・・・)

自分の姿勢が問われている。

・・・・・・
“楽しさ”をあくまで“楽しい”世界に還元する。

嫉妬や不安や醜い(!ひえ〜わたしってそう思ってたんだ)感情も愛に満ちた世界へ(情報として)と活かす。(そう、本来のエネルギーや情報の流れは逆だったんだね・・・)(へー、しらなかった)

それには、知恵が必要だ。何かにふたをしたり、だましたり、ごまかしたりするのではなく・・・私が私でい続けることでのみ、可能・・・。

・・・・・・
不安に振り回されて、なんとかしようとするのではなく、不安とともに、いる。

不安すらも活かす、見逃さず、どん欲に、かつ、おだやかに、生きる、姿勢。生きる知恵。

そういうものが、求められて、いる?

・・・・・・
うん。
きっと・・・わたしはやっと、2つの世界をはっきり(いままでよりは)認識できたんだ。

だから・・・これから・・・この2つの世界とどうかかわるか、どう生きるか・・・。

私らしく決めることができる。
選択が育つのを見守ることが、できる。

いまはとりあえず・・・
1つ目の世界に生きる喜びを2つ目の世界に貢ぐ瞬間に気づき、
(体験に没入し、我を忘れて、いい。何かに照らし合わせようとしなくて、いい)
1つ目の世界にいる時に2つ目の世界にふたをする瞬間に気づこうと思う。
(きっと気持ちいい部屋にいる時に生ゴミのにおいがにおってくるようなもの、だよね)
(“生ゴミのにおい”に気がつかないふりをすることもできる。それとも・・・)

まずは、そこから。




2つの世界との関わりは・・・きっと私の2005の課題なのでしょう。

それこそが、起きて生きる。覚醒の始まり・・・

なーんて(^_^ゞ。

ううん。まじでそう思っている。(^_^)。(ハハ)


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