Jan/2003
ネガティブな題名、続いています(^_^ゞ。
やりたくないこと、出来れば出会いたくない人。
抵抗している。抵抗しまくっている。心の中で・・・。
だからよけい苦しく、なる。
自分とは違うと感じるものと緊張感を持って関係を保ち続けるなんて・・・極端に、苦手、だ。
それは、ずっとずっと、小さい頃、から。
飲み込む、か、飲み込まれる、か、しちゃい、たい、されちゃい、たい。
自分でどうにもままならないもの。
自分の身体すら・・・意のままになんかならない。
ちょっと乗り物に乗っただけで、吐いちゃう。これ、と言ったこともないのに、具合が悪く、なる。身体、に居心地、悪い・・・。ぐずる、子供。
それは、母のせいでも父のせいでも、ない。環境のせい、でも、たぶん、ない。
持って生まれた、生きづらさ。
母はそのぐずりをなんとかしたかった。すぐ“私が悪いって言うの?”と言う、母。
ぐずる子供は、“お前が悪い”と突き付けられた証拠のように感じた、母。
そういう母は子供のぐずり、につきあえ、ない。子供のぐずり、と一緒にいることができない。罪悪感や無力さから、非情に切り捨てるか、力ずくでもなんとかしようとするか。このぐずりはこの子のもの。この子が少しでも楽に引き受けられるように。祈りとともに、ただ側にいる。そんなふうにはできなかった母。
父もそのぐずりをなんとかしたかった。小児科医としての優秀さ?を示したかった?父。
お腹が痛いという子供のおなかをさらにグイグイおして、痛みを増幅して、痛む箇所の特定をする父。
そんなのいやだ。ただ、“お腹が痛むんだね”とやさしくいってほしかったのに。優しくなでて欲しかったのに。だれも私の生きづらさと・・・一緒にいてくれない。共感されない。生きづらさ。
一緒にいてもらえない自分を“恥じ”て、自分が切り捨てる。
かわいそうに。
そうして、ずっとずっと時が経って、また、出会う。
ぐずる自分に。
理由もなく具合悪くなる、自分に。
“姿勢良く”を心掛け続けていると・・・突然?だんだん?頭が重く、なる。なんか、元気?がなく、なる。なんか、たまって?くる。“すきっとクリエイティブ”から、遠ざかる。自分が自分から?遠ざかる。
それは、今まで溜まっていたものが、出てきている、のか。いままで直面してこなかったことに直面しはじめているのか、はっきりとは、わからない、のだけれど・・・。苦しい。
わたしの生きづらさ・・・。
姿勢をよくする=自分の中心とつながりやすく、する。
私がずっと恐れていたものが浮上する。
いったい何を恐れていたの?
わたしの生きづらさ・・・。
自分で自分の首を絞めている。
何が苦しい、の?
息苦しい。
首から上に酸素が行かない感じ。
酸欠に栄養不足。
脳だけ、極端に。目にも、栄養いっていない。
目も酸欠で、栄養不足。
“こんなはずじゃない”。
と思う。
でも、どうしていいか、わからない。
今のところの解決方法は眠ること。
目も酸欠で栄養不足だから、疲れやすいのか。
脳も酸欠で栄養不足だから、甘いものが欲しくなる、のか。
ほんと、苦しい。
一人で苦しむ。
この苦しみは・・・与えることと関わりが、ある。
この苦しみは・・・受け取ることと関わりが、ある。
羽を広げる、こと。
地に足着ける、こと。
両方を・・・バランス良く、したい。
それをするために生まれてきたんだから・・・。
それが、私のチャレンジ。
それが、私の道、なのだから・・・。
誰も、私の変わりには、苦しめ、ない。
方向性なく、翼を広げても、維持できない。
苦しくなる。
地に足着けるために・・・地面だけを見詰めていても・・・やっぱり苦しい。
どうやったら・・・いいんだろう?
どうしたら・・・いいんだろう?
そのために・・・こうして文章を綴っている・・・。
多分歌うことが・・・ひとつの解決に、なる。
多分踊ることも・・・ひとつの解決に、なる。
多分戦うこと(=真剣勝負で逃げも隠れもせず相手に向き合うこと)も・・・もしかしたら・・・ひとつの解決に、なる。
方向を得ること。
小さい頃はあんなにきゅんきゅんいろんなことを感じていたのに・・・
今はうすぼんやり、としか・・・感じられなかったりする。
針の先のような、細い指向性の感受性・・・。
時々ぶわーと、扉が開く。それは主に・・・悲しみの・・・涙・・・。
もちろん、心の底からの笑い、なこともあるけれど・・・。
真剣勝負で逃げも隠れもせず相手に向き合う、こと。
時々、できなくなる。
説明の言葉が・・・でなくなる場面、ある・・・。
それは多分・・・私が相手に何かを預け過ぎるから・・・。
それは“期待”と呼んでもいいかもしれないし、もうそれは・・・いい子の特性、としか、いいようが・・・ないんだ、よね・・・。
まるで自分の意志がないかのように、相手に、ぴたっと、はりつい、ちゃう。
貼付かなくてもいい相手にも。はりついちゃう。
そうして、相手にあわせちゃう。生きることを・・・簡単に、さぼっちゃう・・・。
貼付いて、何してるんだろう?
たぶん・・・栄養、を、吸っているんだ。情報、という、栄養。
生きる形、を学んでいる。生きる形、を盗んで、いる。
手っ取り早く、地上、に適応するため、に。
手っ取り早く、時代、に適応するため、に。
簡単に、心奪われる。
学ぶこと、がとても推賞されているので・・・。
それがどんなに危険なことか、誰も、教えてくれない。
そういう、特性を持つ子供たちに、どんな困難があるのか、誰も、教えてくれない。
どんな課題があるのか、そういう子供たちが真にチャレンジするものは何なのかを・・・誰も、教えてくれない・・・。
教えてくれなかった・・・。
それは当たり前のことなのだけど・・・。
本当は・・・きちんと立って・・・自分が何者かを知らなくちゃいけなかったんだ。
何も与えられないところで、きちんと立って(あるいは座って)大地とつながらなくてはいけなかったんだ。
きちんと立って空の高さを知らなければいけなかったんだ。
それから、自分の中から湧いてくるものと向き合わなくてはいけなかったんだ。
自分の中から湧いてくるもの、ある種の激しさ、と、いかに向き合うか・・・。
それを知らなくては・・・いけなかった・・・。
今の私は、“自分の中から湧いてくるもの”を閉じ込めていた時間が長すぎて・・・
どうやって、開放したらいいか、わからなくなっている。
そうして、かすかに出てくるものは、・・・悲しみ・・・。
小さなものへの同情・・・。
胸揺さぶられる、愛情。
その情の深さを恐ろしいと思い・・・閉じ込めた。
情が深ければ、傷つく世の中。
あちらが立てば、こちらが立たない、世の中。
すべてのものを等しく愛することができない、世の中。
まあるく気持ち良くおさめることができない、世の中。
母の罪悪感。父の無力感。
楽しいことを共有できない・・・。
そんなのひどい。そんなのおかしい。
声にならない、怒りの、声。
・・・閉じ込め、た。
姿勢をよくすると・・・。
呼吸ができない。
というか・・・。私は、すぐ、息を止める。
息をのむ。
酸欠、だ。
流れない空気。
流れないエネルギー。
そうして、通り過ぎるのを待っている。
何かが過ぎ去るのを待っている。
いったい何を待っているの?
呼吸しなかった時間。
なかったことにされた、時間。
なかったことにされた、相手。
なかったことにされた、体験。
自分の情、よりも、相手の方が理があると思って。
己を明け渡し、情報を吸収する。
内なる情による理よりも・・・外なる時代の地域の理の方が、“理がある”と思って・・・吸収する。
吸収する態度を取る。
吸収する態度を奨励する。
なんたること、だ。
内なる情による理を、いかに地上にもたらすか、が、問われているのに。
それは本当に壮絶なこと、なのに。
そうか。壮絶なことか。
簡単にはいかないんだ。
まず、呼吸する。
己が己であることを確認する。呼吸し続ける。
すべては、それから。
機会があれば・・・次は、向き合うこと。
今までは・・・呼吸を止め、相手にのまれていた。
(そうして、情報を得ていた。imitateしていた)
それは最初っから、負け、の態度だったんだ。
ある意味“負けて勝つ”を実践していたわけだけど・・・。
いつもいつもそれだけが“手”では・・・そりゃ通用しないよね。
“ずるい”と思う人も、いるよ、ね。
“ずるい”と思って攻撃してくる人がいても・・・当然、だ。
内なる情の理を、地上にもたらす。
そっか。そんなに簡単に、言葉にできるようならば・・・そんなことは課題にならない。
そんなに簡単に言葉にできるようならば・・・私がこんなにも自分を閉じ込めなくてもよかったのかもしれない。
内なる情の理を、地上にもたらす。
そっか。それが私の課題、なんだ。
内なる情の理を、地上にもたらす。
そっか。そのひとつが、ヒーリング、なんだ。
というか、その基礎、土台、がヒーリング、なんだ。
さらにその先の、課題も、ある。
ああ、そうなの、か。
目端が、利くこと。抜け目なく。利用する、こと。
利用されまい、とする、こと。
その攻防。
疲れまくる。
もっとゆったりと悠然と構えたい。
ぼーっとしていたら、損しちゃう。
もらえるもんなら、抜け目なくもらわなきゃ。
それは・・・疲れまくる。
どんどん私から、遠ざかる。
私がこうありたいと思う、あなたと私、の関係から遠ざかる。
お互いを尊重したい、お互いを味わうあり方から・・・遠ざかる。
お互いの人生を、お互いの感情?を、お互いの波長を、お互いの深みを味わう、あり方・・・ただ側にいて静かに(時には激しく)穏やかに何かを学びあい分かち合う関係・・・から・・・どんどんと、遠ざかる。
ううん。なんとな〜く、おしゃべりして、何か?を発散して、しゃべりたいことしゃべって、あはは、って笑えればいいのかもしれないけれど・・・
(だけど、やっぱり・・・それじゃ、物足りなくも、思う。やっぱり、人生で初めてであったこと、ああ〜って思ったこと、発見したこと、を、魂に刻まれたこと、を分かち合いたい・・・分かち合える人に出会いたい・・・)
ただ、立っていること。
違いを緊張感を持って味わう、こと。
“こうじゃなきゃ尊重しない”や“隙あらば利用する”のは、願い下げ、だ。
うんざり、だ。
だって、わたし、動き、鈍いんだもん。ううん、素早い動き、もできるけど。
それだと、脊髄反射で・・・自分の中心とつながっていない、んだもん。
(ま、そんなこといっているのも、私のわがまま、なんだと思うけど・・・)
そうか・・・
ゆったり、悠然と構えて・・・それでいて、必要な時には素早い動き。
できるようになりたいんだ。
そんな達人、に。
なりたいん、だ。
どうやったらなれるんだろ?
さっぱりわからない。
自分と違うと感じるものと緊張感を持って関係を保つ。
ゆったり、悠然と構えて・・・それでいて、必要な時には素早く動く。
・・・達人・・・だ。
戦い・・・の場面では・・・相対するものを“敵”と呼んでいるんだけれど・・・。敵、という名でなくてもいいのかもしれない。
きっと、今の私は・・・“戦い”についても・・・何か知りたいんだ。
苦しみも・・・必要な時に“よく苦しみたい”・・・と思っているように・・・。
めったやたらに相手を傷つけたり、傷つけられたり、必要以上に緊張しまくったりというのではなく・・・
必要な時に、静かに戦う。自分とつながって、何かに相対する。
飲み込んだり、飲み込まれたり、するのではなく・・・
“異なるもの”として、静かに向かい合う。
その上で・・・
相対するものとの胸襟を開いた一体感。
倒す、倒される、ほんの紙一重、で決まる不思議、神秘。
相対することで、何かが“収まる=治まる=修まる”=勝敗が決まる。
そう、何かが“おさまる”ことが目的であって・・・いわゆる、勝ち、負けは、二の次なんだよね、きっと、本当は・・・。
それには・・・どちらもが身を投げ出さなければ、いけない。
安全な中にいては、何も得られない。
痛みを引き受ける覚悟で、いつでも死ねる覚悟で、決して痛まない、決して死なない、達人。
生きるか死ぬか。
丁々発止の真剣勝負。
いつでも?その真剣勝負をする覚悟があるか、どうか。
そういえば・・・むかし個人的に会ったことのある元やくざの親分。
“お前、車の運転できないんだってなあ。殺す、といわれたら、死ぬ気で運転に取り組むやろ?”。
・・・その時は・・・なんてリアリティのないこといっているんだ、と思ったけど・・・。
その人は、それがリアルな世界、で生きてきたんだ。
身を投げ出す覚悟があるか。
それはこの平和ぼけした日本でだって・・・もしかしたら、いつでも問われていること、なんだ。
身を投げ出して関わり、(もし痛むのだとしたら)痛み、を引き受ける。
そうして・・・もし、そうなるものなら・・・だんだんと、洗練、される。
そんなに痛まずに・・・“真剣に”、“身を投げ出して”、関われるように・・・なるのかもしれない。
・・・それは・・・いったいいつになること、やら。
“いい姿勢”。
きっとそれは・・・。
“損しないように”、“抜け目なく”いる姿勢ではなく・・・。
痛んでも、関わり続ける姿勢。
たぶん・・・“与える”姿勢・・・。“整える”姿勢。(地球も自分もそれから相手、も)
肯定する、姿勢。
うー。くらくら、する。
気分悪い。
ずっと逃げていた・・・姿勢。
“私には与えたり整えたりする資格はない”と、逃げて、いた。
“ただ居る価値は、ない”と逃げて、いた。
“いい姿勢”は・・・ただ居るだけで、すべてを整える・・・姿勢・・・なん、だ。
私にとっては・・・自分とすべてに敬意を払い、いとおしむ・・・姿勢・・・。
それが単なる私の思い込み、に終わらないように。
いつでも現れてくれる。
強烈な個性、の人、人たち。
私を揺さぶり続ける。
“そのゆとり、その優しさは本物?”と。
わたしは・・・その時々で・・・ベストを尽くして・・・関わり続けるしか、・・・ない。私の心にかなうように。私自身にかなうように。
私は誰かに認めてもらおうとしなくて、いいし、
失礼な人とはつきあうこと、ない。
私は私であり続ける・・・。
メールお待ちしています angel@makoran.jp