わたしの鼓動

Jun/2005 

胸に宿るもの

ふと。

胸に宿るもの、に気がつく。

心、でもなく、言葉も、ない、波動。

ただ・・・そうとしかいえない、もの。

私であって、私でない。

私でないようで、きっと、私。

ただ・・・やさしく触れてもらうのを待っている。

微小な波動、微細な波動を持った子供のよう。

  “不安なの?”
と・・・こちらが不安を持って胸に触れると、どんどん不安を増幅する。
ひどく落ち込み・・・うつにまで、入っていく。

ただ、優しく触れていると、安らぐ。安心する。

子の持つ繊細で、細やかな波動、バイブレーションが・・・伝わってくる・・・。

これはただ・・・この子固有の振動なだけ、なのかも。

  “そのままでいいよ”
という言葉も必要でなく、
  “味わう”
という姿勢も必要でなく・・・
ただ・・・共にいる・・・。

死にかけた青白い赤ん坊のビジョンも見える。

何も言わず、祈らず、願わず・・・

ただ、そのまま胸に手をおいておくと・・・赤ん坊に赤みがさす。

ほんのりピンク色に。
だんだんと丸まると、元気でやわらかく、ゆっくりと・・・
・・・遊びたがる赤ん坊に変化する。

     “心配しないでほしかったの”
     “私のいのち”
     “私のプロセスと・・・”
     “ただ、静かに一緒にいてほしかったの”
     “優しくなでてほしかったの”

     “いのちつきかけるときも”
     “半狂乱になって泣き叫ぶのではなく”
     “ただ、やさしくいっしょにいてほしかったの”

     “たとえ死にかけていても・・・”
     “死にかけ方がしずかなら・・・”
     “優しさだけは届くから・・・”

涙が、出る。

これは、何? 幻想?
私に現れた、夢?

時々波のように・・・えも言われぬ心地よさが・・・私を包む。

  “慈悲”。
そんな言葉が浮かんでくる。
“慈悲”の波動のあたたかさ、甘美さ、心地よさ。
地上が全て・・・の慈愛に包まれれば・・・どんなに平和で、豊かなことか。
(夢の中の私は・・・そう感じている)

  “この子は慈悲に近い”
  “だが、慈悲のみを追い求めてはいけない”
そんな言葉も浮かんでくる。

そうして・・・
死と再生と慈悲のサイクルを繰り返す。

私は穏やかに、ただ・・・ある。






これは、私の?インナーチャイルド?
それとも・・・私の中の地球のイメージ?

そんな解釈を超えたところに・・・
ただ、夢が現れる・・・。




メールお待ちしています   angel@makoran.jp

わたしの鼓動へ

Contentsへ

ホームへ