Jun/2005
友人たちとセラピーの勉強会をしている。
一人の人が今話したい話をし、ほかの人が静かに聞く。
話を聞く人は、話の内容によらず・・・話し手から、自分を満たすものを得る。
それは・・・勇気だったり、優しさだったり、深い知恵であったり・・・。
話し手はあたたかさの中で話すことで満たされ、聞き手は存在そのものから満たされる体験をする・・・。
(ちょっとすてきでしょ?)
ある人が、私の話しっぷりは、サンドイッチ状、だと言う。
話の最初と最後の方は“おだやかないつものまこらん”で、真ん中らへんは“エネルギーがわーっとくる”。別の人は、“強い”という。
ふーん。
強さ・・・。
もちろん、“強さ”をポジティブに受け取ってくれているのだけど。
“生きる力強さ”などと、ね。
うーん。“強さ”。
それって、圧迫感があるってことじゃないの?
と・・・ひねくれっ子の私は・・・うがった見方をしたりする。
ふーん。強いんだ、私って・・・。
って、考えてゆくと・・・私は、私の強さ、を認めていない。
ポジティブには受け取っていない。
ありゃま。
強さは、醜い。強さは人も自分も傷つけると・・・。
自分の強さにふたをして・・・
見ないことにしていれば、ないことになる、と・・・
押さえつけてきたのかも・・・知れない・・・。
強さを封印!?してきたのかも知れない。
それが、時として、ぶわーっと出てくる。
大声で歌うこと。
いいたい話をとめどなくしゃべること。
時間を忘れて、絵を描く、ものを作る・・・。
・・・まるで、何かにしがみつくかのように・・・。
自分を捨てて!?踊りまくったり・・・。
時には人と言い争い、言い負かし、負けたら激しく悔しがり、ちょっとでも、人に自慢したがる・・・(何を?何でも、その時できる、自慢・・・)。
“激しく何かを表現したい”チャイルド、と・・・勝ち負けにこだわり、“存在を強く認めてほしい”チャイルド・・・。
そっか・・・そういうチャイルド(いきるいのち)がいるわけ、だ。
強いチャイルド・・・。
そういうチャイルドに“いていいんだよ”と・・・いってあげていないんだ・・・。
ええー。
そうなんだ・・・。
それでは、逆に・・・大人の自分が・・・育たない・・・。
存在を認められていないチャイルドは・・・やけを起こす。
攻撃しまくる。
ほかの存在を認めない。
自分の存在を認めない。
簡単に・・・人を呪う?言葉を、吐く。
“○○さんなんて大っきらい!”
自分一人になると・・・思いもかけない言葉が、出る。
え?私・・・○○さんのこと尊敬している、のに?
そんな言葉を吐く自分に・・・自己嫌悪・・・。
あわてて・・・“取り消し、取り消し”なんて、いってみる・・・。
ああ・・・そうか・・・
本当は・・・○○さんに・・・謝りたいんだ・・・。
不要な勝ち負けをしたことを・・・。
不要な自慢話をしたことを・・・。
○○さんは勝ち負けなんか歯牙にもかけず、その人自身でいる。
その地に足着いた様子に・・・恥じ入る自分。
その恥じ入る感覚を・・・チャイルドは
“○○さんなんて大っきらい!”
と表現する。
自分に幼さ、稚拙さ、未熟さを・・・のろいの言葉にかえて、吐き出す。
八つ当たりも・・・いいところ、だ・・・。
そっか・・・そういうチャイルドが・・・自分の中に・・・いるんだ・・・。
今まで、恥ずかしくて、恥ずかしくて、見ないようにしていたチャイルド。
見ないようにしていれば、いなくなる、と思っていたチャイルド。
押さえていなければ、いけない、と思っていたチャイルド。
どんなに押さえたって、隠したって、そこに、いる・・・。
そういうチャイルドと・・・社会の橋渡しを・・・
大人の私は、どうやっていくんだろう?
イメージの中で・・・大人の私はチャイルドを連れて・・・○○さんに謝りにいく。
“この子、いらない自慢話してしまったけど、そういう自分が本当はいやなんです”
“「自慢話ばっかりしてごめんなさい」”
“「いつかもっと実りある話ができる自分になりたいです」”
“「ううん、そんな話できなくたって・・・ただ、自然に自分でいる人になりたい、です」”
“「○○さんのこと本当は尊敬しているんです」”
“「だいっきらいなんて、八つ当たりをいってごめんなさい」”
“この子、本当は、そう思っているんです”
“○○さんと仲良くしたい気持ちに免じて、許してやってください”
“ほら、ごめんなさい、は?”
大人の私が促すと・・・チャイルドは、下を向いたり、私の陰に隠れたりしながらやっと・・・“ごめんなさい”と・・・頭を下げる。
○○さんはただ、微笑んでいる。
実際の○○さんとは、こんなやり取りはしない。
八つ当たりの言葉は、○○さんの前でも、誰の前でもいってはいないし。
自慢話の件だって、私の中でおさめていれば、いいこと、だ。
いちいち○○さんを煩わせるまでも、ない。
そうして・・・私の中では、大きな、こと。
そっか。
未熟なチャイルドがいていいんだ。
チャイルドと社会の橋渡しを・・・大人の私がしていくんだ・・・。
と・・・改めて、“大人としての自覚”がうまれる。
そっか・・・そんなことも分からないほど・・・
私はチャイルドの方に・・・自分を同化させて・・・チャイルドをそのまま生きてきちゃったんだ・・・。
それは、今まで適切に・・・社会とチャイルドの橋渡しする“大人”のロールモデルがいなかった・・・見つけられなかったから・・・なのだけど・・・。
もう、この年で、そんなこと、いっていられないもの、ね。
自分で自分を育ててゆく。
そっか。そういうこと、なんだ・・・。
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