Jun/2005
私自身が出会えていない、強い私って・・・なんだろう?
わからない。
分からないけど・・・
そういうときは、強く、願う。
“私自身が出会えていない、強い私に出会わせてください”
と。
すると・・・顔中ニキビだらけの13歳の私・・・が現れる。
ぐったり落ち込んで・・・太っている私・・・。
ううん。
実際に13歳の頃は、ニキビは1つか2つできた、だけ。
母が大騒ぎしていた。1つか2つのニキビで。
すぐ、薬を渡されて、“顔全体にできたらどうするのよ!”
まるで見てもいないお化けでも見たような剣幕で、いいつのる。
ニキビ面にも、なれない、思春期。
“ニキビの私は嫌われているの”・・・と・・・泣いている。
“受け入れてもらえない。ママにすら・・・”
“だからだれにも・・・本当の私は、醜い私は受け入れてもらえない”・・・
ニキビだって、別に、醜いわけではない、と今なら思えるけど。
“ニキビのあなただって・・・幸せになれるよ”と・・・
“あなたの幸せはニキビの有る無しによらないよ”と・・・
今ならそういってあげられるけど・・・。
そのときの私は、ただ泣いているだけ・・・。
13歳のこの子はもう、こんなに傷付いている・・・。
その奥に・・・4つぐらいの私がいて・・・そのチャイルドが怒っている。
怒りの目の色。瞳の中の虹彩が・・・うすく紅く、緑に光る。
ぎゃんぎゃんと・・・怒っている・・・。
この子は怒りを受け入れてもらっていない・・・んだ・・・。
“怒っているんだね、まさこちゃんは”
“いいよぉ、おこってても”
“怒って泣きたい! ぎゃんぎゃんいいたい!”
“それだけ、いいたいこと、あったんだね・・・”
“うーん。だってまさこちゃんの怒り・・・誰も受け入れてくれないんだもの”
“そりゃ、ますます怒りたくなっちゃうよ”
“うん、怒りたい!”
そっか。大人として・・・人の怒りを(チャイルドの怒りを)うけいれるって・・・こういうことだったんだ・・・。
そういわれて、ますますチャイルドはひっくり返って、泣いて騒いで、もう、手のつけられない騒ぎようだ。
しばらく・・・つかず離れず・・・声をかけながら・・・見守っていると・・・チャイルドはさすがに疲れてくる・・・。
チャイルドを抱き寄せると・・・まだ怒っていて・・・私を押しやろうとする。
手を振払う。
かまわず、私は抱き入れる。
チャイルドはふところで・・・まだ少し暴れるのだけど・・・もう、それは、あたたかくやわらかいものが・・・自分を包んでいると・・・確認したい・・・甘えたい・・・安心したい・・・そんな気持ちになっている・・・。
いやいやをして遊びたいけれど、そんなことできないくらい怒りきってやりきって疲れていて・・・安心したい・・・。
ああ、そうだったんだ・・・。
私は初めて自分の怒りに・・・大人として向き合った・・・。
今まで自分がチャイルドそのものを生きていたので・・・人の怒りは恐かった・・・ただ逃げ回るだけだった・・・。
人の怒りはあり得ないものとして・・・生きているしかなかったんだ・・・。
そんなもの、いくらでもありえる、のに、ね。
今までは・・・理不尽な人の怒りにただ・・・屈するか、おもねるか、なだめるか、相手をまるきり無視するか、たたき潰そうとするか、しか・・・なかった・・・。
相手の言いなりになるか、ならないか、1か0しか、ない。
(それは、1だけより、0だけより、ずっとよかったのかもしれないけれど)
“あなたのいい分はそうなのですね”
“そうしてこういう可能性もありますよ”
“だから私は悪くありません” あるいは
“だから悪いのは私だけではありません”
・・・という・・・
いいわけ、ではなくって・・・
交渉可能な・・・誇り・・・というものが・・・なかったんだ・・・。
そっか。
私にとっては・・・怒りとどう向き合うかって・・・誇り、の問題だったんだ・・・。
そっか。
交渉可能性。
怒りはあるものとして受け入れた上に・・・成り立っている・・・。
相手の怒りは相手のもの。
私の立場は私の立場。
へー。
そっか。
それが大人ってものだったんだ・・・。
チャイルドが怒りを生き抜いた時に・・・
大人の私が現れる。
大人の私が育ってゆく。
そっか。そういうことだったんだ・・・。
メールお待ちしています angel@makoran.jp