May/2010
ちょっと、巡礼?冒険?の旅をしてきたのを、友人に報告したので、
そのメールをそのまま公開します。
◎◎さん
いかがおすごしですか?
私なりの冒険?をしてきたので、ちょっとご報告、です。
私、湯殿山にご縁があって、また、いってきました。
今回は、七五三掛け地区というところから湯殿山奥の宮まで、翌日は、追分石から弓張平レクリエーションセンターまで歩きました。
いずれも、湯殿山参りをするための六十里越街道の一部(一方は鶴岡側から、一方は山形側から)です。
(熊野古道ばかりでなく、そういう巡礼の道、日本には各地にあるんですね〜知らなかったです)
去年の秋に湯殿山奥の宮から七五三掛け地区まで、下ってきました。
そのときに、「春には、登ろう」と、心に決めていました。
七五三掛け地にある、注連寺というお寺で「七五三掛け桜」をみて(きれいな八重桜の古木でした)登りはじめます。
っていうか、普通の農村の道をてくてく歩く訳です。
途中ずっと六十里越街道という標識があるのですが、見落としやすい。
道に迷いながら、やっと、「何となく登りはじめるな〜」というところにきます。
そこに「皇檀の杉」という古木があるので、見学します。
道からちょっとおくに入ったところにあるのですが、いや〜。すごい。
なんていったらいいか・・・
一本の杉の木にまるで、全く違う意志を持った枝がグワン、グワンと
のびている。
なんだか、何人もの人?木?が、合体??したかのような木なんですよ。
迫力ありました!!
そこから、ほんの少しずつ登りはじめ、次の集落へ。
その間の道に、きれいなフキノトウとカタクリの花の群生が。
こんなにたくさんのフキノトウをはじめてみました!
春なんですね〜。
でも、ちょっと日陰になると、思いもかけず、雪の塊が、のこっています。
あれ?この調子では、お山は雪ダンベ???ほんの少し不安になりながら、
とにかく、先を進みます。
秋に通った見覚えのある道、見覚えのある沼を通って、
遠くの山に残った雪、手前の新緑、田に植わった早苗を見ながら
ほんときれい、です。
次の集落をぬけると、本格的なゆどのみち。
向こうの杉林の上に、なんだかきれいなものがあります。
「あれ?あんなきれいなもの、あったっけ?」
でも、きれいなことはわかるのですが、それがなんだか正体わかりません。
「あれ?ラブホ?それとも、ガスタンク?」
現代人、というか、私の頭の中は、貧弱ですね〜。
そこをぬけて、ほんの少し回り道をして、滝見学。
そこで写真を撮っていた人に、「ほら、虹が」と、教えてもらいました。
ラブホだの、ガスタンク、だの思っていたのは、虹だったんですよ!!
しかも、太陽にかかった虹の2重の位置にある、輪の一部。
(って、わかります?)
なんか、誓いを守ってくれて、ありがとう!
っていってもらっている気がしました。
そのあと、かなり長い間、虹は、私のいく先々についてきてくれました。
ご縁があって、ほんの少し仏教を学んでいるんですが、そのマントラを唱えると、
虹がはっきりするんですよ!!!
偶然ですよね。
でも、自分で偶然とは思っていないの。
たぶん、私は湯殿山で修行をしていたのだけど、仏教を全然理解していなかった。
たぶん、修行をしていた人たちは、仏教の真髄が???よくわかっていなかった。
(いや、やっぱり、勘違いしまくっていたのは前世の私だけ、か?)
だから…あなたたちの修行のおかげで、今、また仏教に出会えています。
感謝しています。マントラ、聞いてください。
と思って、ずっと唱えていました。
ゆどのみちは弘法大師の道でもあります。
(弘法大師が開祖になっている)
弘法大師の碑に塗香をそなえて、先にすすみます。
(それが、お作法にかなっているかどうかは、もう私にはまったくわかりません)
(ただ、そうしたい気持ちがあって、ただ、かたちにしたのです)
と、人声が。
どうやら、大学の研究科、といった感じの男性二人連れが昆虫採集アミを持っています。
昆虫採集のようですね。
「この先の高速道路の迂回路、迂回できないので高速を突っ切って」
という意味のことを方言で教えてくれます。
が、私はよく理解できなくて
「え?高速突っ切るなんて、怖いこと、私できません」
と、とんちんかんな答えをして、先にすすんだら、
その人たちは、私のとんちんかんぶりが心配だったのでしょう。
私が高速道路をわたったあとで、手振りで、その先の道を教えてくれました。
迂回路をわたると、30分ほどかかるので、それが省略できて、ラッキ〜。
さらに、道を行くと…
だんだんと、雪が増えて行きます。
え?
私、スノーシューじゃないんだけど。
でも、ここまできたら、もう集落に戻る訳にもいかないし、とにかく最終目的地までいかないと、
宿にたどり着けません。
雪道かも知れないとは思っていて、寒くないように、手袋、ダウン、コートなどは持ってきたけど
足下が滑る。(一応トレッキングシューズだけど、雪仕様じゃない)
ストックはあるけど、いかんせん身体の使い方が、おぼつかない。
しょうがないから、滑りながら(アイスバーンじゃなかった!よかった)、少しずつ登っていると
後ろから、昆虫採集組が追いつき追い越してゆく。
「細越までいくの?」
「いえ、仙人沢まで」
「え?」
理解できない様子。
「でも先までいくんでしょ?」
「はい」
仙人沢は、細越のさらに先、です。
たぶん彼らは細越←→集落の往復は何度もしていても
仙人沢まではあまりいかないのでしょう。
結局、昆虫採集組は、私を追い越しぐんぐん進んで、引き返してきた模様。
「とれました?」
「いや、今日は虫のエサになるものがどこにあるか、調べただけだから」
「(雪に埋もれた)枝がはねっから、気をつけて」
と、わかれると、いよいよ、お山の中には、私一人。
秋には、草木が生い茂って、景色なんか何も見えなかった道も、もう、日本海、鳥海山?朝日連峰?まで、とてもよく見える!
秋には、切り通しだった道も、すっかり雪に埋もれて、尾根道になっている。
月山側はゆきなのに、あるところから先は新緑!
そのコントラストが見事で美しい。
今までは、多くても、雪8割、土2割ぐらいだったのが、いよいよ、ゆきゆきゆきゆき!
木々の枝は、もう花をつけているものと、まだ固い芽のままのものと。
ううん。まだ芽は出てないの。
日差しはこんなに強いのに。
斜面をおかなびっくりわたったり、ピンクの道標を目指して、歩き続けると、
やった!
湯殿山の大きな鳥居が向こうに見える!
あとは、ここを下って、もう一度、登れば、湯殿山!
うわー感動的。
もう、鳥になって、飛んで行きたい!
そこは遥拝所といって、昔は雪の多い季節はそこまできて、湯殿山にお参りしたことにする場所だったそうです。
秋には、そこを下ると、きれいな沼があったの。
で、おっかなびっくり、また、雪道を下ってゆくと…
沼はすっかり雪に覆われて、小さくなっていたけど、水芭蕉の群生が!
水鳥が私に驚いて一羽逃げてゆきます。
うわー、こんな群生、はじめてみた。
わたしが、そういうと、「生まれてから何十年も私たちを見ることができなかっただなんて」
「気の毒だねえ」と水芭蕉にいわれた気がしました。
ええ〜〜〜。そうなんだ。
そうなんだね。
そういわれたら、涙が出てきた気がした。
私、全然こういう冒険してこなかった。
もちろん、もっと準備はした方がいいし、どっか、何かをなめてかかっているのかもしれないけれど、
でも、私は、たぶん、人とは全然違う方法で、この冒険を安全なものにしたの。
秋に「またきます」と誓うことで。
4月ぐらいから、ゴールデンウイーク明けには湯殿山に行こうと、イメージし続けることで。
この冒険の「形」や「安全」をとってきたの。
たぶん、祈りに似た方法で。
いつもいつも効くとは限らないし、全然科学的でもないけど。
いつ湯殿山に行くか、直前まで、自分の中でOKが出るまで、決めない、というほんと、非科学的な方法だけど。
でも、たぶん、私の安全さって、こういう形で保証されて?いるんだよね。
たぶん、それを信じていいの。
私は、私なりに大丈夫。
私は、私なりに大丈夫な道を歩いている。
なんか、その象徴。
秋には、かなり大きな橋、と思った橋が、雪の季節には、案外短い。
それから、雪道をたどって(木についたピンクの道標が目印)、
湯殿山ホテルに出た。
そこから参籠所まで、路線バスであげてもらって、一日めの冒険終了!
二日めも、雪道を峠ごえ、する予定だったけど、体力的に無理っぽい感じがして、
雪道のないところを歩くことにした。
参籠所の宿泊客は、私一人。
ご神湯も、一人でつかって、ほんと贅沢。
翌日は、ゆっくり湯殿山をお参りした。
空が高い。
湯殿山の岩も、秋とはちがうぴしっとした感じ。
(岩がちがうわけないんだけどね(^^ゞ)
(でも、私にはそう感じられる)
神道の場所なんだけど、先祖供養の仏事のようなことも神式でするんだよね。
ろうそくをあげて、お線香を上げて、足湯に使って…。
ほんと、満喫した。
そしたら、小さな赤い目をした、のねずみ?ヤマネズミ?が出てきたの。
あまり大きな生き物には、今回出会えなかったけど、
トカゲさんだの、水鳥だの(ライチョウ?かな?)、里では、小さなかえるだの。
空を飛ぶ大きな鳥、小さな鳥。
生き物の気配をたくさん感じたのもよかった。
前の日には、固い芽のままだったのが、緑の若芽が点々点々と枝に萌えている。
うわー一日でこんなにちがうんだ〜〜〜〜。
また、感動!です。
それから、山を下って、六十里越え街道のまた、別ルートを歩いたの。
それで、わかったんだけど、昔の道って、パワーがある。
しかも、整備され直された道は。
「整備し直そう」「道を大切にしよう」という思いがこもっている。
そういう道は、本当に巡礼道。
引き締まる。
だけど…昔の道でも、十分に整備されていないと、そこは、世俗の道、なんだよね〜。
なんか、だれているの。(どうしてもそんな気がしてしまう。ゴミとか落ちてたり、橋が壊れてたり)
だから、途中で、雪道だったのもあるけど、断念して、もう、バスで山形に出ることにした。
そうか、道って、人の思いで成り立っている。
思いで描いたものが、聖なる道になってゆくんだな〜って思った。
私は、世俗の道を聖なる道に変える力はないけど(少なくとも今は)、
そう、今は、人によって支えらている聖なる道を歩いて、いらないものをどんどん浄化したいんだな。
そんな感じ。
なんか、◎◎さんに、シェアしたくって。
読んでくれてありがとう。
お返事は特にいいよ。
また、会えるときまで、どうぞ、元気で!
ではでは
まこらん
メールお待ちしています angel@makoran.jp