May/2003
なくなった人たち。気になる人たち。身内。
父と、姉と、叔母。
父は72歳の天寿を全うし、姉は生後一週間でなくなくなり、叔母は10代でなくなった。
何年か前になくなった人。何十年も前になくなった人たち。
父への罪悪感。
父の死を看取らなかったこと。
姉はちょっと私からは、遠くにいる感じ。
もしかしたら? ちょっと焼きもちを焼かれている?嫉妬されている?感じ。
叔母は・・・父のそばにいて・・・何となく、微笑んでいる、そんな感じ。
父は一年寝たきりでなくなった。
家族みんなに何となく、覚悟ができていた。
このまま長く寝たきりになっても。あるいは、いつなくなっても。
父が父の人生の最後を全うする、それを家族として受け止める、覚悟。
私はその頃、いろんな事情があって、どうしても旅行に出たかった。2週間。ろくに連絡もつかない、海外。
母は許してくれた。旅行から帰ったら、父の転院を手伝う予定だった。
が・・・旅行中に父は転院し、旅行から帰って見舞った直後になくなった。
まるで、私の帰国を待っていたかのように。
父の死に、家族は誰も間に合わなかった。
自宅から離れた病院で早朝に・・・なくなった。
それでも急いで、駆け付ける。
母は・・・父の身体に触れる。手に、足に。“まだ暖かいわ”。“あなたたちもさわってあげなさい”。
切れまくり、文句いいで皮肉屋の母の、思いもかけない、素直な愛情。
母はそうして、父の身体に最後のお別れをする。優しく?いとおしく?冷静に?触れ続ける。なで続ける。
私たち兄弟は、少しお義理で。そっと触れる。生前にだって、子供の時にだって、別に父にべったりでなかった。身体で触れあうことを照れて恥ずかしがる一族(日本の家族は大体そうかもしれない)、の中で育っているので、突然そんなこといわれても、戸惑う。
そう、身体を触れあうことになれていない。
身体で愛情を伝えあうことになれていない。
・・・・・・
父が寝たきりになったちょうどその時辺りから・・・私は、精神世界に興味を抱くようになっていた。前世や、水晶や、瞑想や、そんなこと。ヒーリングや、宇宙エネルギーや、魂や、そんなこと。
手で触れるヒーリングを習う機会があって、練習しあう。友達と。新しく知り合った人たちと。新しく知ることになったヒーリングを学んでみる。
“お父さんご病気なら、ヒーリングしてあげるといいわね”。先生が、いう。
別の人が“もしかしたら、いろいろなプロセスが促進されるかもしれないから”、“あなたが、ヒーリングしてあげている最中にお父さんなくなるかもしれないわね”。
ええ〜〜。そんなこと。あっさりいわないでほしい。
いやだ。どうしても。それだけは。いやだ。
怖い、とか、そういうことではなく。さけんでいる。それだけは、いやだ!!
いやだいやだいやだ。と、いっている。理由もわからず・・・叫んでいる。
私の手の中で、父が死ぬ? 絶対にあり得ない。絶対に嫌だ!
いつかは、父の死を受け入れるとしても。
私の手の中で。私の目の前では、死んで欲しくない!!
・・・人の身内の生き死にを、そんなふうにあっさりいう人に、腹を立てた。なぜだか、とっても痛かった。傷ついた。知らずに発している残酷さに、その鈍感なありように、言葉にならないくらい、腹を立てた。その人は、私がショック?を受けている様子、抗議もできずにいる様子に気がついて、謝ってくれたのだけど・・・。
・・・・・・だから、その人が決して愚鈍、なわけでは、ない。残酷なわけでも、ない・・・ 。
(愚鈍だなんて、残酷だなんて・・・ごめんなさい<_ _>。だけれど・・・それだけ、腹が立ったんだ・・・)。
何がそんなに、私の何かに引っかかったのか。
何に傷つき、何に腹を立てたのか・・・。
そう。“傷つく”のも、“ショックを受ける”のも、その人、というより、こちらの、都合。
いわれてみれば、当たり前、のことだ。
いらなくなったブロックが溶けて、プロセスが動き出す。
そのうちの、生きる営みの一つが、死(というプロセス)・・・。
いったい、何がそんなにショックだったのか・・・。
何がそんなに嫌だったのか・・・。
・・・・・・・・
現代社会では、“死”は圧倒的に隠されて、いる。
ないもの、として、扱われて、いる。
けれど、ある、もの。
なくなったりは、しない、もの。
どんなに隠しても。忘れていても。忘れたふりをしていても。
歴然と、そこに、ある。
専門家(医師や看護婦さんやその他いろいろな方達)に任せておいて
一生知らんぷり、では、生きられない。
やっぱりどうしても、身近にある。
生きている限りは、どうしても。
生きる営みの中に含まれて、いる。
ある、のに、隠されているものには・・・
恐怖、を覚える。
ある、のに、取り扱いがわからないものには・・・
嫌悪感を覚える。
特に成長期、には。
死は忌むべきもの、だ。
勿論そうでなくても。
不可逆の別離にはどうしても悲しみ、痛みがつきまとう。
不可逆でなくたって。
愛するもの。愛しいもの。特別なものとの別離は、悲しく、痛い。
時には憤り。行き場のない、怒り。憤怒。もし、無理矢理引き裂かれれば・・・どうしたって、引きずる。恨み、が残る。
できれば悲しみは感じたく、ない。傷みは感じたく、ない。連想もしたく、ない。
それは自然な感情、だ。
忌むもの、として切り離されている、現代の、“死”。
特に子供にとっては。
ううん。もしかしたら、特に、子供を育てる立場にある人(=親)にとっても。
成長し、未来が開かれるのと逆、のこと。
せっかく、無かったものが有るようになる=生まれる、プロセスを経てやって来たのに。
成長し展開するいのちを大事に育み、育てよう、大切にしよう、手塩にかける。期待する。
この世にあるすべてを味わい、楽しみ、親しむ。なにものかになる夢。希望。
そのすべてが無駄に、なる。
死。忌むべきもの。
明るい未来とは逆の、もの。
私はとてもとても、ほかの人の価値観を吸い取りやすい、ので。
その時は(今も?)、自分と切り離されていたので。
親の死のプロセスに立ち会えない。
今ならうっすらと、理由がわかるのだけれど・・・。
死のプロセスに立ち会う、とは・・・
自分は自分として踏み止まり、旅立つ人が、孤独でないように。
見守る。
感謝とともに。
それまでの人生へのねぎらいとともに。
(子供は親の人生をねぎらう立場にないとしても。
その人が関わった人々の代表として。
ねぎらいを、伝える)
そばにいる。
安心して旅立てるように。
そばに、いる。
最後の愛情を分かち合う。
最後の優しい気持ちを分かち合う。
身体、という形を持って。言葉、という形を持って。
一番やわらかいもの、大切なものを分かち合う。
死の瞬間。
お別れ、だ。
私は私がわかっていなかったので。
よって立つ“私”というものが、ない、ので。
私は私だ、という自信がない、ので。
“死は、身体を持って、一番やわらかいもの、大切なものを分かち合える最後の瞬間だ”。
という自分の死生観に自信がないので。
“人生で大事なのは、一番やわらかいもの、大切なものを分かち合うことだ”。
という自分の人生観に自信がないので。
自分の親が亡くなる時に、安心を伝えていい、という許可がない、ので。
そんなあまっちょろいことが。
感傷的なことが。
実はとっても大事なことなんだ、という自分の価値観に自信がない、ので。
そんな価値観を自分が持っていることすら、自覚がないので。
そういう価値観を、父と、母と、分かち合えるかどうかにまるで自信がないので。
親の死に立ち会えない。
何も伝えられない。
“愛”を・・・伝えられ、ない。
死、が怖い。
父の反応が怖い。
私の愛情を受け取ってもらえないこと。
私の一番やわらかい部分が拒絶されること。
私の一番やわらかい部分が行き場がなく、さらされたり、からかわれたり、非難されたり、馬鹿にされたりすること。
それが、怖い。
私そのものを拒否されるようで、怖い。
私の存在価値がなくなってしまうようで、怖い。
“おまえはなっちゃない”。
“おまえはいらない”。
“おまえは独善的だ。視野が狭くてひとりよがり、だ”。
“わざとらしい”。
“いつものおまえじゃない”。
“おまえはなにもわかっちゃいない”。
・・・・・・
いつもいつも、恐れて、きた。
いつもいつも、分かち合えずに、きた。
いつもいつも、肝心なところで、拒否されてきた。
いつもいつも、傷ついて、きた。
人間としての、私の、こころ。
もちろん、ね。いつもいつも拒否されたわけでは、ない。
いつもいつも分かち合えなかったわけでは、ない。
いつもいつも傷ついてきたわけでは、ない。
だけど・・・。
今はなんだか、そういいたい、気分。
“死は、身体を持って、一番やわらかいもの、大切なものを分かち合える最後の瞬間だ”。
“人生で大事なのは、一番やわらかいもの、大切なものを分かち合うことだ”。
これは私の死生観。
これは私の人生観。
最後の最後の瞬間にも。
私は私が傷つくことを恐れて・・・。
何もできない、何も分かち合えない。
大切な人の大切な瞬間に何もできなかった。
やわらかいものを持っている自分を恥じている。
やわらかいものを分かち合いたい自分を恥じている。
自分自身を恥じている。
・・・それこそが・・・最も恥ずべきこと、なのに・・・。
人がいればいるだけ死生観、人生観も、ある。
それぞれの人の死生観、人生観が・・・それぞれに、大切。優劣なんか、つけられない。
そうして・・・。
私の死生観を大切にできるのは、(基本的には)私だけ、だ。
私の人生観を大切にできるのは、(基本的には)私だけ、だ。
私だけが、私の死生観、人生観を大切にするかどうかの責任を取ることが、できる。
私だけが、私の死生観、人生観をどう大切にするか、どう行動するか、選ぶことが、できる。
・・・だから・・・
私は、私自身が何を悲しみとし、何をよろこびとするか・・・
知らなければ、ならなかった。
何を大切にしたいのか、私が知り、言葉にしていかなければ、ならなかった。
・・・・・・。
ああ、そうだったんだ・・・。
父が亡くなる時には・・・。
私は、私自身が何を悲しみとし、何をよろこびとするか、しらなかった。
何を大切にしたいのか、はっきりと、わからなかった。
自分が自分から遠い。
自分が自分から、切り離されている。
そういう状態では・・・
“死”という究極の場面には踏み止まれない。
自分が自分をまっとうできない。
父が父を全うする、人が人を全うする、荘厳な瞬間に、立ち会えるわけが、ない。
いまならば・・・。
私は父の死に、立ち会える、のかな。
・・・・・・
ヒーリングを習いたての私は結局寝たきりの父にそっと触れる。
何もいわずに、ただ寝ている忍耐?を生きている父の身体にそっと触れる。
そのヒーリングは本当にパワフルでヒーリングをする方も、受ける方も、どちらもが癒される。
その時は、主に自分にしてあげていた。
人にすることは、ほとんど、なかった。
やっぱり・・・“やわらかさ”、“やさしさ”を分かち合おうとして・・・拒否されるのが、怖かったから、だと思う。
“たいしたことない”と評価されるのが怖かったからだと、思う・・・。
なんて臆病、なんだ。
“押し付けがましくしたく、ないの”。“怪しいって思われるのが、いや”。
そういって、自分が“いい”と思ったものを押し隠す。
(決してそれが、いけないわけじゃ、ない)。
自分自身を押し隠す。
父は、私のヒーリングを受ける時は、嫌そうだった。
手や足が、嫌々するように、払いのけるように動いて、いた。
その様子に、また、傷ついた。(うん、馬鹿みたい・・・)。
父はその頃、もう、言葉もしゃべれなかった。
人が話しかけても、食事(ヨーグルトをなめる程度、チューブで高カロリーの栄養を取っていた)の時も、ほとんど、何の意思表示も、しなかった。
自由になる左手で(右半身は麻痺していた)、さかんに何かを指差そうとし(そういうふうに、見えた)、さらに命綱の気管のチューブを外すために、ベッドの柵に縛り付けられて、いた。
私が聞きたくて、怖くて、その時父に聞けなかったこと。
父のプロセスを大事にするところから、私ならできたのに、しなかったこと。
“左手の上の方に・・・誰か、いる、の?”
その時の私ができなかった質問。
・・・・・・・・・・・・
今なら、わかる。
それは・・・。
たぶん・・・。
父の母と、父の妹。
父にとっての大切な人。大切な人たち。
子供の私たちに分かち合わなかった人たち。
子供の私たちと思い出を分かち合わず、父のやわらかい部分に住み続けた人たち。
父のやわらかい部分。傷つきやすい部分。
出会えなかった。出会わなかった。
苦さが私を遠ざけた。
父のまじめさが、堅さが、苦さが、私を父から遠ざけた。
そんな苦さなんて・・・。
うすっぺらいものだったのに。
すぐ見破れるような、たわいもないものだったのに。
(今から思えば)
全然わからなかった・・・。
わかろうともしなかった。
食卓でカメラを向けた時に思わず赤くなった父。
駅のホームで友達と夢中になって騒いでいる時に、傘でツンツンと突いてきた、父。
粘土細工の機関車をそれは上手につくる、父。
もっと楽しく父と関われたはずなのに・・・。
ぜーんぜん。ずっと、大嫌い、だった・・・。
ずっと、私の気持ちをわかってくれないことを・・・怒っていた、恨んで、いた。
父の苦さに傷ついてきた私の気持ち・・・。
私のやわらかさを、あたたかさを、やさしさを価値あるものとして扱わない父を・・・。
それこそが大切なものなのだ、として扱わない父を・・・。
大嫌いだった・・・。
ああ、そうか・・・。
だから、父が嫌い、だったんだ・・・。
ああ、そうか・・・。
私は私のやわらかさ、あたたかさ、やさしさを父に認めてほしかったんだ・・・。
父の苦さに傷ついてきた私の気持ちが“ある=存在する”ことを・・・認めてほしかったんだ・・・。
出会えなかった・・・。父とはこんなふうに出会えなかったんだ・・・。
なくなる間際の父の真実。
それは、父の母と父の妹がいつも父のそばにいて見守っていたこと。
(わからない。確認しようが、ない。そう、単なる、私の、妄想・・・)。
(そうして、やっぱり・・・父の真実だ、と思う・・・)。
父の母。父の妹。父のやわらかい部分に住んでいる人たち・・・。
その真実の共有、支持、ううん、どういってもいいんだけど・・・。
父にとっての真実が、父にとって“ある”と、認めずにいて、それを恐がっていたままで・・・ヒーリングしようったって、それは、無理、というもの、だ・・・。(たぶん・・・)。
父は、その真実が・・・父の母と父の妹が優しく見守っていてくれる、そのことが・・・いないはずの人たちが自分だけに見えることが・・・。受け入れがたかったかも知れない。恐れ、怖かったのかも知れない。無表情に・・・怯えていたのかもしれない。
(そう、あくまで、私の妄想、だ)。
死が自分の間近にあることが・・・怖かったのかも知れない。
今まで見えなかった何かが見える・・・そんなふうに始まる未知の体験が・・・怖かったのかも、しれない・・・。
父の真実・・・。
“左の上の方に何があるの?誰かいるの?”・・・。
“よく知っているもの?知っている人?”・・・。
“そう”。
“パパのお母さんと妹さんはね”。
“パパを見守ってくれているだけ”。
“何もしない、何もできない”。
“パパがいやなら、今は消えてもらおうね。私からも頼んでみるね”。
“だけど、もし、パパが安心するなら・・・ずっといてもらうこともできるよ”。
“どうする?”
もしかしたら、今なら・・・そんなふうにいうこともできるかも知れない。
(ううん、今だって・・・逃げ出してしまう弱虫、かもしれないけど・・・。そうだとしても、多分、ずっとずっとましだ。父が亡くなった時よりも。ずっとずっと自分に近くなっている・・・)
(しゃべれない父と、私の勝手な、この妄想?を本当の意味で分かち合うことは難しい。しゃべれない父が何を考えていたのか、何を感じていたのか、思っていたのか推測することだってむずかしい。そうだとしても・・・私が聞きたいことを恐がったままそばにいるよりも・・・父へ十分配慮しながら、聞きたいことを思いきって聞く自由と勇気を生きる方が・・・きっと父の何かを動かすような気がする。何かの扉を開く気がする。聞いたことへの父の反応(身体の動きや表情や目の動きやせき払いや・・・そんな、こと)までもを大切?にしながら・・・父の命を大切にしながら・・・妄想そのものは分かち合いがたい、としても・・・ずっとずっと穏やかな気持ちで、うん。ずっとずっと穏やかな気持ちを・・・分かち合うことができる気がする・・・)
(ま、それさえも、妄想、といわれれば、それまでだけど、ね・・・)
“パパ、何も心配することないよ。安心していいよ”。
“ヒーリング習ってきたんだよ”。
“試してみる?”。
そんなふうにだっていえたはず、だ。
父がいやがれば、“じゃまた今度、ね”といえばいい。
父がうなずけば、ヒーリングをしたっていい。
・・・ああ、ずっと自由だ・・・。
恐れていたことも・・・時を得て、丁寧に開いていけば・・・
こんなふうに、自由へと繋がってゆく・・・。
ああ、私はずっと、自由、だ・・・。
なくなった私のお姉さん。
生まれて一週間で亡くなった人。戸籍もなく、お墓もずっとなかった人。
なぜだかはわからないけど、ずっと嫉妬されている、と思っていたのだけど・・・。
父は生まれてきた私を・・・父の妹さん=Yさんの生まれ変わりだと思ったかも知れない。
10代で少女の時に亡くなった父の妹と・・・私を重ねたかも知れない。
・・・・・・。
“お姉さんにはそれが負担だったのよ”。
“お父さんの妹さんへの思いが強すぎて”。
“お父さんはあなたのお姉さんも妹さんの生まれ変わりだと思ったのよ”。
“それがお姉さんには重かった・・・”。
“「私はYさんの代わりはできないわ」”。
“そういって、あなたにバトンタッチしたのね”。
“魂にはそういう選択も、ある、のね”。
ある人が、私に教えてくれる。
そうかな。そうかもしれない。
わからないけど。
お姉さんはお姉さんでまた別の人生を。
あるいは、精霊?魂?としての、役割?を。
楽しんでくれていたら、いいな。
きれいなものをいっぱい見て。
香しい香りとともに。
幸せでいてくれたらな、と思う。
うん。
“パパの亡くなる時に、ちゃんといてくれてありがとう”。
“私がしなかったことをしてくれて、ありがとう”。
お姉さんがいう。
“あなたは、私が亡くなる時にも、ちゃんといてくれたね”。
“ううん。本当はその時は逃げ出したの。あなたは、ね”。
“パパの想いが重くて”。
“生まれる苦しみ、死ぬ苦しみが怖くて”。
“あなたは逃げ出した。約束したのに、ね”。
(あれ?何の約束だろう?)
“だけど、今なら、いてくれるね”。
“うん。いるよ。逃げ出さないよ”。
“赤ちゃんのあなた。せっかく肉体にはいって苦しい思いをして生まれたのに”。
“また、光へと魂へと戻るあなたのそばに”。
“ちゃんといる。たった一人で苦しませたりなんか、しない”。
“心配しないで。安心していいよ”。
“ちゃんとあなたのそばにいる”。
安請け合いの、私。
ええかっこしいの、私。
だけど、たぶん。
会ったこともないけど、きっと私、お姉さんも、大好き、だ。
Y叔母は・・・きっと笑顔のすてきな、少女。
安心した表情でこちらを見ている。
そうして、別な方向も向いている。
何を見ているの?
・・・わからない・・・。
だけど、それは、それで、いい。
それで十分。親しい関わり。(^_^)。
“真佐子はYじゃない”。
父の声が聞こえる。
“真佐子はYじゃないよ”。
“君は君の人生を生きなさい”。
“無理しなくていいから”。
“ちゃんと見ているから”。
“ゆっくり進みなさい”。
ああ、優しい、聞いたことがない、だけど、父の声、だ。
なんか、何かが始まったような、気がする。
うん。
何かが終わって、何かが始まった。
うん。
さあ、歩き出そう。
光とともに。
メールお待ちしています angel@makoran.jp