わたしの鼓動

Nov/2004 

弟 その1

弟とは、本当によく、喧嘩した。
些細なこと、で・・・

もし、私の中の“喧嘩したくない”という叫びが、本当なら・・・。
私は、弟と、どう関わりたかったんだろう?
どうしたかったんだろう?

・・・・・・
小さな私。
まだ、3歳ぐらい・・・。

母は、私もかまうけど、弟に私を近付けさせない。

赤ちゃん返りを認めてくれ、哺乳瓶でものを飲み、ベビーベッドで寝るのは小さな私だけど・・・。(小児科医である父に、そういう知識があったのだ、と思う)

弟をさわることすら、ままなら、ない。

“赤ん坊は清潔な手で、さわるのが、基本。 何さわったかわからない小さな子に、たとえ我が子であっても、さわらせたくない”
“小さな子供にさわらせたり、だっこさせたりして、事故でもあったら、二人の子供ともが不幸だ”・・・
そういう配慮だったのだ、とも、おもう。
あるいは、
“なにかあったら私の責任、責められるのは私”と、母は思っていたのかも、知れない・・・。
緊張の中で、子育てする、母・・・。


   “赤ちゃん、さわってみたかったの”
   “だって、ちいさい、ちいさい、んだもの”

自分だって、まだまだ小さな・・・わたしが、いう。
   “だっこしたいの”
   “私の弟、なんでしょう?”
   “だっこしたい”
   “よくきたねって、いいたいの”
本当に、おしゃまな、私・・・ききようによっちゃあ、生意気、だ。
小さい子なりに・・・いのちを寿ぎたい。祝福したい。歓迎したい。物質でもある肉体に宿るその奇跡を自ら成し遂げたいのちに、小さい子なりに・・・おめでとうを伝えたい・・・。そのよろこびを分かち合いたい・・・。とても、デリケートな・・・心持ち・・・。

“そう、じゃあ、お座布団に座って、その上で・・・だっこしてみようね”
万が一、おとしても衝撃が少ないように。子供を座らせた上で、抱かせる。
でも、手もとが危なっかしい。

“下から手をそえようね”
大人の私は、小さな私に声をかけ、赤ん坊をだっこするチャイルドをさらに外から包むように抱く。
“赤ちゃん小さいねえ、あなたの弟だよ?”

そう、こんなふうに・・・大人の手助けがあれば・・・子供の望みなんて・・・簡単にかなえられる・・・。
そのためにこそ、知恵、がある。
規則で縛り、子供を遠ざける、のでは、なく。
工夫が、ある。
(・・・と、私は、おもう)

赤ん坊と一緒にいて、小さな私の心が満たされる。
大人の私も、満たされる。

心の中心に触れ、満たし合う、体験・・・。

    “こんな風に生きたかった、こんなふうに生きたかった”
    “こんな風に育ちたかった、こんなふうに育ちたかった”

私の何かが、叫んでいる。

なんて、穏やかな生き方なんだろう?
なんて、穏やかな子育て、なんだろう?

中心を避けるのではなく、中心に触れあい、中心を満たし合う、生きかた・・・。
あたたかさを信じる生きかた・・・。

  “赤ちゃん、お風呂入れてあげたい”

そうか、小さな私は、そんなことも、したかったんだ・・・。

心配の嵐が吹き捲くっている母は、慎重に、絶対私を近付けさせなかっただろうなあ。

“じゃあ、いれてあげようね”
大人の私がベビーバスの支度を、する。

大人の私が、赤ん坊を支え、湯あみさせる。
子供の私は、そっと覗き込む。じーっと、みている。

“やってみたいの?”
  だまって、こっくり、うなづく。
やってみたいけど、こわくもある。うん。さわるのさえ、なんだか、怖い・・・。

大人の私が、小さな私の手に、手をそえる。
赤ん坊の足に、お湯をかける。
だんだんと、手や、お腹にも。かけてゆく。

“お顔は、大切なところ、だからね、お湯が入らないようにしようね”

支えることもさせてあげる。大人の私が手を添えて。

そう、協力し合えば・・・そんなことも・・・できた・・・。
(たぶん、きっと。子育ての経験のない私には、はっきりとは、断定できないけれど)
(たぶんできたのだ、と思う、おもいたい・・・)

弟が育つことに、少しでも協力した、ということが小さな私の自信に、なる。
いのちの中心に触れていい、という自信。

面と向かって・・・何かに出会っていい、という自信。
私の中のやわらかいやさしさが・・・かたちとなって、現れていい、という自信・・・。

生きていく上で、どれもが、とても、大切な、こと・・・。

それが、人生のこんなに早い時点で、奪われていたなんて・・・。

母は、もっと後で体験すればいい、と思っていたのかも知れないけれど・・・。
私は、その時、体験したかったんだ・・・。
私の場合は、その時でなければ、その後の生きるのが・・・苦しくなってしまった・・・。

心配+規則は・・・もちろん必要な場面もあるけど・・・こんなふうに、人を人から遠ざけることも、あったんだ・・・。

子供の私は、赤ん坊のおむつを取り替えるのも、手伝い、たい。
“よく手を洗ってね”
それから、手伝わせる。においに顔をしかめるチャイルドに、
“くちゃい、くちゃい、だね”
   “くちゃい、くちゃい”
始末をして、また、手を洗う。
そう、お手伝いをする、いい子、ちゃん、だ。

手伝わせるのは、大変。倍手間が、かかる。
そんなことは、わかっているけど・・・。

それこそが、生きる、こと。
体験を楽しむ、こと・・・。
すべてを大切にする生き方だったんだ・・・。
(私の場合は、ね)

知らなかった・・・。

そんなふうに、いのちの中心にいることができる自分を・・・誇りたかった・・・。
それこそた、人としての、私の、誇り・・・。

奪われてたんだ・・・。

お手伝いするいい子、とは、思えない母。
足手まとい、にしておきたい、母。

私の誇りを奪う、人。

もちろん、起きたことが、その時のベスト、だったんでしょう。
母は、できる精いっぱいをやった。

それでも、私の誇りは、奪われた・・・。

それは、事故、のようなもの、なのかなあ。
納得、仕切れないけれど・・・。

せめて、母の側からでなく・・・私の側からの、物語を、紡ぐ。
それは、今からでも、遅く、ない。








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