わたしの鼓動

Oct/2001 

テロ+戦争+平和+祈り

 私はイスラム教のことはほとんど知らない。アラブ世界も。わからない。パレスチナも。ガザ地区も。遠い場所の遠い出来事。
 だけれど、今世界で起こっている出来事は。起こりつつある出来事は。縁遠いと思っていた場所に関すること。縁遠いと思っていた“宗教”という色を帯びている。
 どんなに稚拙な考えだ、としても。やっぱり私は考えない訳には、いかない。自動的に“考えを巡らせる”のが、人間だ。そうして、ね、これから書くことは、まるっきり、私のファンタジーなのだけど。稚拙な考え、物語り、なのだけど。やっぱり、“書かない訳にはいかないのよ?書きなさい”、と。私のなかの何かが、告げている。“書くこと”は単に“書くこと”なんだけど。もしかしたら、“書くことだけ”でも、何かに参加しているのかもしれない。今、という時代に。参加している。生きている。証(あかし)。“書く。オープンにする。開く”こと。きっとそれも。私が“生きる”側面。私の鼓動。
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 宗教、というのは、特有の“形”をもっているので。どうしても、“形”に目を奪われる。だけれど、“形”は、真実に近づくための、手段。真実を表わす=顕わす、おもてに出す、ための、手段。ただ表に出してしまえば。言葉、にしてしまえば。案外真実なんて。他愛ないもの。ううん。そうしてまた、真実から遠ざかる。言葉、では、削ぎ落とされてしまうものがあるので。“厳格”な宗教の形は。何かが削ぎ落とされてしまわないように。真実を真実のまま、大切にしよう、という、心=志向性=意思、の、現われ(真実は密やかに。孤独のうちに守られる)。  だけれど、また、さらに逆説的に。“真実を真実のまま、大切にしよう”として“厳格”を強めれば強めるほど。また別の何かがこぼれ落ちる。“厳格”を他者に強要しがちになったりする。そんなふうに“他者”と関わりたい人、他者に影響力を持ちたい人も。いる。それに、今までは、いろんな意味で余裕、余剰がなくて。役割分担をしなければならなかったのかもしれない。ううん。役割分担をするとはどういうことか、を、人類は経験したかったのかもしれない。役割分担をしつくすまで。“役割分担”文化が開花しつくすまで。経験せずにはいられなかったのかもしれない。そうして“神に近い”と称する人=宗教的な権威者と、自分の神性を預けてしまう人=信者、に別れてしまったり、する/していた(そんなふうに社会や宗教は進化?開花?していたように、私には、感じられる)。
 本来は“ほどよい厳格”は。それぞれの人によってことなるはず、なのだけど。権威主義に陥る。もう本当に微妙で難しくってややこしい、真実への、道。だけど、ね。さらに同時に。それがさまざまなバリエーションを形作る。役割分担や、さまざまな形式があることで。美しく揺らぐ世界、を、構成している。あらゆるもの、事柄に関して。いのちに関して、文化に関して。さまざまな形を開花させてくれる土壌=地球(なにもいわずに、時には自らを緩やかに、劇的に変化させながら。基本的には“なりたいようにおなりなさい”、“したいようにおやりなさい”と。ささやき続けてくれている、地球)。
 イスラム教は、“厳格な形”を採用しているので。もう本当に部外者からは、近づきにくい。女性がベールをかぶったり。一日に何度も礼拝したり。聖戦(ジハード)という考え方があったり。すぐには理解し難い、形(かたち)。(だってさ、女性の力(性的魅力も含めて)が尊重されているように思い難いし、インシャラーとかいってあらゆる効率が悪そうだし、暴力容認の宗教なの?ってどうしたって見えてしまう。よくも悪くも、日本の社会?は、少なくとも私は、そういう価値観の中を生きている。>ごめんなさい、イスラム教の方々。一方で家庭の中では案外肝っ玉母さん風の女性がどっしり構えていたりお父さんは気が弱そうだったり、寸暇を惜しんでいつくもの仕事を掛け持ちしながら働く人がたくさんいたり、旅人に親切で家族の情の厚い心暖かい人々のとても多い地域だとも、ある程度は知っている) そうして。もしかしたら。イスラム教の内部にいる人々だって。厳格な形の奥にある真実に到達するのは。難しいことのかもしれない(いえ、本当のところはわからない。イスラム教のこと、よく知っている訳では、ない、ので、ね >もう一度、ごめんなさい、イスラム教の方々)。
 だけれど、ね。もしかしたら。イスラム教のその形の奥にある“真実”は。“真髄”は。その精神性は。何か学ぶものがあるのかもしれない。今までいくら探しても見つからなかった、ジグゾーパズルの最後の一片のように。なにか、イスラム教以外の人々へも。イスラム教の外側の世界へも。そしてもちろん、イスラム教の中にいる人々へも。とても大切な、何か、をもたらしてくれる、人類全体への宝物、をもたらしてくれる。そんな気がして、ならない。一気に精神性?を高めてくれる、人類の可能性を広げてくれる、そんな宝物。
 近づき難い場所、時、宗教へ。近づく。今までとは別の方法で。関心を寄せる。寄せ続ける。だんだんとたぐり寄せる。ゆっくりと姿を顕わす、微妙で、微細な、やわらかで骨太で、確かな、もの。今までは思ってもみないような、それでいて、どこかで知っていたような、新しい局面を切り開いてくれるような、そんな、なにか。それがイスラム教という厳格な形の奥に。あるのかもしれない(もちろん、ないかも、しれない。それは、賭け、だ。だけど・・・今の私には、賭ける甲斐のある、賭けのようにも、感じられる・・・。ああだれか、イスラム教の研究者の人が、“それはこれだ”と。教えてくれればいいのに。例えばスーフィー)。
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 “尊重”することで、“悪”のダイモーン(参加したい、開花したいと激しくささやきゆさぶるエネルギー)も地に足つく。グローダウンし本来の力を発揮する。よろこびと幸せをもたらすように。何かがゆるみ、ほどけ、可能性を広げるように。力の質が変化する。
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 戦争に負けた日本は。まるで唯一のよりどころとしていたような“神道”に誇りがもてなくなって。経済にのみ。活路を見い出す。エコノミックアニマル。そういう時期もあった。そうして同時に。日本の心やさまざまな伝統文化も。そのころたぶんとてもたくさん海外に紹介された。さまざまな人の努力で。運や偶然もあったのかもしれない。“茶の湯”や“禅”や“お能”。少し神秘的で。日本人でさえよく知らず近づき難いものがある、伝統文化(だからこそ、かえってよく“守られている”という逆説)。だけどね、いつもはそうそう思い出さないとしても、そういう伝統文化がある、と、しっているからこそ、保てる“誇り”も確実にあるような気がする。相手の価値観に巻き込まれすぎない。過度に自分を守ろうとしないでいられる、深いところから来る文化的な“自尊心”。
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 イスラムの人々に必要なのは、彼等が求めているのは、そういう文化的な“自尊心”なのではないかしら。(単なる私の推測。だから、とっても、はずしているかもしれない。当事者に失礼なことなのかもしれない。そんなことは、わかっている。それでも、どうしても、その推測を、書かずにはいられない)。彼等のもっている絶望感。お金持ちでさえ。その絶望感を。もっていると、いう。それがテロへの栄養源、なのでは?
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 パレスチナで今も行われている戦闘行為。アフガンで行われている空爆。たくさんのテロ。
 出口の見えない閉塞感。身近な人々と死をもって引き裂かれる。悲しみと怒りと。不公平、不公正な、感覚。安心感がえられない。緊張状態。
 物質的、精神的な実際の援助は。必要なのだとは思う。それは絶対的に必要だ。そういった活動に従事している人々には頭が下がる。そういう中で日常を送っている人々のことを思うと心痛む。
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 さらにそれを超えたこと。
 関心を寄せる。寄せ続ける。それがかならず、助けになる(なにへの? 紛争地域への。関心を寄せている、その人自身への。そして、この地球への)。関心=愛(それはどんな場合でも、ね。どんなふうでも、ね。だから、“すべての行為は愛に基づいている”という言葉がある。その言葉の中に、真実がある。)関心を寄せる、寄せ続ける。その上質の形態の一つが。祈り。
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 書店でイスラム、アラブ関係の本が売れているという。それはとてもすばらしいこと(だと、私は思う)。図書館でも。イスラム特集をやっている。
 関心を寄せる。寄せ続ける。相手を理解しようとする、エネルギー。憎しみ、からではなく。打ち砕く、ためでもなく。もう少し、ニュートラルに。いったい何が起こっているのか。現状を知りたい、という、人間の自然な欲求に。そった、行為。関心を寄せる。あなたを。自分を。知る。行為。 (そうしてそれは、いくぶん“悠長”なことでもある。平和の上で成り立つこと。重々知っている。だから。平和に感謝。今、日本にいられること、に感謝)。
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 だから私も。さっそく図書館へいって。私の出来ることを、しよう。関心を寄せる。寄せ続ける。 今の私に、出来ることを。し続ける。
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 平和への。すべての人々の幸せへの。すべての地域への平安への。祈りを届ける。
 生きることの一部でも、平和への祈りとなりますよう。
 今は悲しみと共にいて。私は私を生きる。


 ちょっとした奇蹟を待つような根拠のないファンタジー・・・だけど・・・もしかしたら・・・すばらしい?ゆたかさ?をもたらしてくれるかもしれないファンタジー。ゆっくりとファンタジーを生きるプロセスこそが、もしかしたら、人生へ豊かさを、届けてくれる。私は私であることの証として・・・。  


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