Oct/2002
結論からいえば・・・。せっかくもらってきたカブトムシ君たちなのだけれど・・・。
死なせてしまった。ごめんなさい<(_ _)>。
5匹中4匹、も。
一匹は、成虫にならず、に。
一匹は、羽化して3日後に。
二匹は、3週間ほどで相次いで。
そうして
一匹は、知り合いにもらわれていった。
最後の一匹のその後は知らないのだけれど・・・
きっと、私のところにいるよりも・・・ずっと、幸せだったと思う。
だって、そこのお家の男の子は・・・カブトムシ、好きみたいだったから。
むんず、とつかんで、観察していた。
すでに何匹もカブトムシを飼っているお家。
私のところにいるよりも・・・確実に、幸せだった、と思う・・・。
したくて、始めたこと。
欲しくてもらってきたカブトムシ。
だけど・・・。
私には、こわかった。
成虫になった、カブトムシのたくましい、羽の音。
力強く、飛び回る様子。
こわかった。
手でさわる、なんて、とんでも、ない。
不惑、の年にもなって。
カブトムシをこんなに怖がるなんて、理屈からいったら、とても、変。
だけど・・・。
本当にこわかった。
愛情がもてなかった。
こんなに私は怖がりなんだと・・・。
あたらめて・・・。
思い知った・・・。
カブトムシが削ってくれたいのちで・・・。
私はやっと私がここまで怖がりであることを・・・知ることができた。
(まったくもって、ひどい話しだけれど・・・。
学んだことを無駄にするまい、とは思っている。
そう思うことしか・・・いまは・・・かれらにとって
不本意な生き方を強制?させてしまったことに・・・
わびる?方法がない・・・
まったくもって、どうしようもなく・・・身勝手な人間である、私)。
(一方もっと単純に・・・。
カブトムシはカブトムシのいのちを生きたのだ、とも思う。
そう、カブトムシの気持ち?は分からない。
大体が・・・。カブトムシに気持ちがあるのかさえ、わからない。
勝手な“投影”をすることこそが、身勝手な人間のありようなのかもしれない)
幼虫の間は、コロンとして。のろのろ動く。いかにも、人畜無害、な感じ。いくら怖がりな私でも。大丈夫。余裕をもって、“かわいい”とすら思って、見守れる。“早く、さなぎになあれ”なんて、思っていられる。
で、油断、していた。
幼虫のときは、あまりに糞だらけになったら、昆虫マット(クヌギなどの木材?から作ったカブトムシの住処(すみか)兼、幼虫の餌)を取り替えれば、いい。世話は、ただ、それだけ。
だから・・・かれらの、住処の書類ケースの蓋を・・・せずに・・・いた。
サナギになってからは、餌は、食べない。昆虫マットの量を多くしてやり、彼等は思い思いのところに丸い卵状の穴を作り、サナギになる。そうして、3週間ほどのサナギ期間を経て、羽化し、成虫になる。
“もうそろそろ、蓋をしておかないと、勝手に飛び回るなあ”と思っていたら、羽化していた。黒々と光る、羽。甲中類。成虫のカブトムシ、だ。
夕方を待って、昆虫マットから出てくる。そうして、いきなり、飛び回る。自然のなかでは、そうやって、クヌギの樹液を、彼等にとっての食料を探し回るのだろう。3週間の絶食期間の空腹を・・・満たし・・・配偶者を探す。
ブーンという羽音。壁や窓や家具にぶつかる、鈍い、音。
もう、とたんにこわくて、その部屋に、入れない。
つかまえることなんて、とても、できない。
しょうがないから、昆虫ゼリーを床において、一晩じゅう、放っておく。
朝起きて見ると、昆虫ゼリーは減っていない。
そりゃそうかも。
だって、自然のなかの状況では、樹液がいきなり地面にある、ことなんて、絶対にない。
樹液は木の幹に、ある。かれらは、幹にしがみつきながら、餌を食べる。
床に置いておいたのでは、餌は見つけられないのかもしれない。食べられないのかもしれない。
昼間はカブトムシはカーテンにしがみついて、いる。
それをつかまえて、ケースにいれれば、彼等も、餌にありつける。私もそれ以上こわい思いをせずにすむ。
だけど・・・。カーテンにしがみついて止まっているカブトムシすら、つかむことができなかった。昆虫網、すら、使えなかった。
いったい私は、どうなっているんだ!?!?!?!?
時はどんどん過ぎてゆき、3日が経つ。もう、カブトムシは弱っている。カーテンにしがみつくことすら、できない。床に転がっている。
それでも・・・。棒を差し出すと、弱々しく?それでも、力強く?しがみつく。
カブトムシがそんな状態になってやっと、昆虫ケースにいれてあげられる。もちろん昆虫ゼリーを側に置く。
カブトムシの力強さを、“こわい”としか、思えない、私。
自由に飛び回る、ありのままのカブトムシと一緒にいれない、私。
ありのままのカブトムシの存在を、喜べない、私。
それでは、一緒に暮らすことは、できない。
結局、そのカブトムシはすぐに亡くなった。
きっと、幼虫の中では、一番たくさん餌を食べ、一番早く、一番大きくなり、一番先に、一番大きな成虫に成長した、カブトムシ。
きっと、そういう自分自身を、誇りに思い、“よ〜〜し、精一杯生きてやるぞ〜〜〜”と思っていた、カブトムシ。
一週間も経たずに。一番先に一番短い命を生き、一番先に亡くなった。
とてもとても残念だろう。“なぜ?ぼくが? 広い世界も見ずに?死ななくちゃならないの?” カブトムシは・・・そう・・・思っていた、かも、しれない・・・。
(ううん、本当はそんなことは、わからない。私の身勝手な投影。推測・・・)
で、公園にお弔い(とむらい)に、いく。
本当はそんなことしちゃいけないのだと思うけど。
きれいなお花の咲いている花壇に、亡くなったカブトムシをそっと投げ入れる。
それから、歌を歌う。
いつも私が家で歌っている、歌。
CDを聞きながら、ハモるように、即興で歌う、声。
家を出る前に、“そんなお弔いはする必要がない、よ。もし、いくなら、あなたのためにいくんだよ”と。ぼんやりとしたメッセージを受け取っていた。だけど・・・ほかにカブトムシを処分!?する方法が私には思いつかない。
いつのまにか、外国人の男女が数人、ちょうどカブトムシを投げ入れた花壇の側にいて・・・ちょっとさわいで、いる。
私の声は、高音に特徴がある。聞きようによっては、金切声。聞きようによっては、笙(しょう)、のような、笛、のような、音。
公共の場所である公園で有無をいわさず聞かされるのは、たまらない、と思う人もいるだろう。
その外国人にはたまらなかったみたい、だ。
高音を歌う度に、一層大きな声で、さわぐ。あきらかに嫌がられている。私からしたら、じゃま、されている。
高音を歌うのは、私にとっては、空を飛ぶような、感じ。自由に舞い上がり、大空を、駆け巡る。ううん、まだ、そんなに、“自由に”じゃない。“自由に”飛ぶために、練習している感じ。練習を積んでいる、感じ。
それを、嫌がられている。
私の力強さを、嫌がられている。
私の自由さを、嫌がられている。
・・・それは・・・
わたしがカブトムシにしたことと、同じ。
わざと、じゃなかったのだけど。
わたしは、カブトムシに、同じことを、した。
私の力強さを、自由さを嫌がられているところでは、私は私でいられない。窮屈極まり、ない。
己の力強さを、自由さを嫌がられているところでは、カブトムシは生きられない。窮屈極まり、なかっただろう・・・。
“もし、公園にいくのなら、それはカブトムシのためにいくんじゃない。あなたのためにいくんだよ”。
そっか。
こういうことか。
私が欲したことの結果を私が受け取るために。
私がしたことは、何だったのか、を知るため、に。
ごめんなさい、ね。
私は知らなかったから。
私がこんなに怖がり、だとは。
あなたのいのちを削るほど、だとは。
あなたの力強さ、黒々とした、羽。羽音。
精密な、足、角、目。
立派な姿。
そして、平和な、樹液しか、食べない、在りようを。
よろこんであげられなくて・・・
ごめんなさい。
・・・・・・・・・・・・
そうして、あとから生まれた3匹は、何とか、一ヵ月弱は、生きていた。
軍手をして、こわごわと、昆虫ゼリーを取り替えて。
何とか、かんとか、世話をして・・・。
わたしなりの世話でしか、なかったんだけど・・・。
やっぱり、最後まで、愛情はもてなかったんだけど。
(う〜〜〜ん。かわいい。う〜〜〜ん、キュート、とは、思えなかったんだけど)。
・・・こうして・・・
私のカブトムシの夏、は、終わった、の。
きっと、私は私の怖がり、を抱きしめ、て。
私が、私ではない、と思っているような、力強さや、自由さや、立派さ!?(もしあれば)を・・・だんだんと・・・
受け入れていければいいな、と。
今は、漠然と・・・おもって、いる。
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