Oct/2003
呼吸、姿勢、プレゼンス=存在。
存在しているということは・・・
それだけで、エネルギーが、ある。波動がでる。
生きているエネルギー=波動。
生きていないもの、だとしても。
やっぱり存在している、だけで、その存在が引き寄せ、放出する、エネルギーが、ある。
在る、ことの不思議。
ある講習会に、行った。まるで、知らない人々。違う年代。
座学、ではない。
ちょっと学生時代に戻った気分。
私は普段は、一人でいることが多いので。
人が多いところは、苦手。
ううん、苦手じゃ、ないけど。慣れていない。
身を持て余しちゃう。
ううん。人が見たらね、きっと、ちっとも苦手そうに見えない、と思う。
楽しんではしゃいでいるようにしている、ように見えると思う。
楽しみながら、私なりに場を盛り上げよう?場に溶け込もう?としている、と思う。
“サービス精神旺盛だから”といわれる。
見る人が見たら、痛々しく、あるいは、はしゃぎようが不愉快?に思うのかもしれない。
自分と一緒にいないはしゃぎっぷり、は、その場は楽しい気がして、何かを発散したとしても、結局、その場のその人(たち)とも一緒に、いない。
一言でいえば、気を使っちゃう、んだ。
そうして、自分が自分から、離れちゃう。
(ちょっとばかみたい。そう、私って、バカみたい、なんだ・・・)
そうして、その日は・・・。
もう、その会場では、ほとんど一日中、黙ってた。
ま、それでいいわけなんだよね。そんなことすら、私には、発見。
居心地悪くなかった。
不思議な感覚。
誰とも、友達じゃ、ないし、誰とも、親しく話しはしなかったけど、一人じゃ、ない。
場のエネルギー。
いいエネルギーなの。
清浄で、正常。学ぶことに真摯、なの。
先生も、変に気負ってないの。
先生も学びの途中で、ね、ただ、その場では、中心に、いる。
ただ、ある、の。プレゼンス=存在。
先生も、生徒も、みんなが、ある。
透明で充実している、プレゼンス。
場所がね、また、よかった。
関東の南の守り、大山と、それから富士山も見える、場所。
寒川神社(これは平地にある)がこんな風に、地理的に関係しているなんて、ほんと、知らなかった。
ネットで調べたら、寒川では、ね、夏至の太陽は大山山頂に沈み、春分秋分の太陽は富士山山頂に沈み、冬至の太陽は箱根の山に沈む。不思議に要(かなめ)な場所。
秋のいいお天気の中で、大山をながめながらお昼ご飯。それから、お昼寝。
午後の講習。先生のデモンストレーション。
帰りには、ね、富士山のシルエットと、本当にきれいな茜雲。
いきていてよかった〜〜〜、と思えるほど。
心洗われる光景。
一人は淋しくもあるけど、こんなにも、豊かでも、ある。
分かち合える人がいたら、すばらしいけれど、今の私には、まず、自分とつながって、自分を肯定しまくって、その富士の景色のすばらしさと一緒にいることが大切なんだな〜って思った。
みんながおもしろがることは、私には面白くない(ことも多い)。
私が面白いと思うことは、うまく説明できない、説明する言葉が、ない。
“もう、そんなこと、しなくていいよ”
誰かが私にいっている。
“一人でいましょう、その場のエネルギーと一緒にいましょう”。
“分かち合う必要のあるものがあれば、自然にわかります”。
“分かち合うべき人や人々が現れます”。
“そのための言葉も、自然に見つかります”。
“無理をすれば、滞(とどこお)ります”。
“あなたが自然に育つのを待ちましょう”。
姿勢良く、深く呼吸し、その場にいる、その場のエネルギーと一緒にいる。
自分とその場を確信する。
自らが、育ち行く。
だれよりも私が見守る。
ちょっと発見で、ゆたかな一日(^_^)。
メールお待ちしています angel@makoran.jp