Oct/2006
乱暴な調子で・・・私の心をノックする人がいる.
“助けて、助けて、助けて、助けて”
ノックし続ける.
もうおびえていることも、逃げることもできない.
私は・・・その声から逃げずに・・・心ひらく.
怒りに心ひらく.
怒りの向こうにある、真実を信じて.
怒りに心ひらく.
こわくてこわくて、ずっと逃げていたけれど・・・。
もう、心ひらかずには、前に進めないんだ・・・。
それは、私の弱さに心ひらくこと.
私の醜さに心ひらくこと.
弱さがあっていい.弱さがあっても、私は私.
醜さがあっていい.醜さがあっても、私は私.
できないものがあっていい。できない自分も、やっぱり自分.
できない、と認めるからこそ、できる方向に向かって歩ける.
できるお手本を、見つけることもできる.
学ぶこともできる.
ああ・・・そうなんだ・・・。
そんなこと全部・・・ちゃんと最初から・・・存在を認められていたんだ・・・。
そうか。そうだったんだ.
弱さは自分でないと切り離して・・・生きていては窮屈.
醜さは自分でないと・・・切り離すしては、結局だれかに、醜さを押し付けて?垂れ流して?しまう。
できない自分を認めないと・・・孤立するばかり・・・。
そうだったんだね・・・。
弱さ、醜さ、できなさに心ひらくと・・・あまりの弱さに、醜さに、できなさに、圧倒される.
その膨大さに・・・圧倒されて、動けなくなる・・・。
そうして、広大な世の中に・・・目がひらかれる.
何も見ていなかったことに気がつく.
そうか。何も見ていなかったのか.
自分を見まいとして・・・世の中も見ていなかった.世の中も信じていなかった.
心を開いたとたん、色の渦に巻き込まれる.
その美しさ、果てしなさに、呆然とする・・・。
・・・・・・
自分の自信のなさを受け入れずにいることは・・・自信のなさに巻き込まれていることでもある・・・。
そうか・・・。
自分の自信のなさ=痛みに心ひらき、ほかの人の痛みに心ひらき、そして、“よくなりますように”、“よきこと起こりますように”、“よきもの現れますように”という祈りとも・・・ともにいる・・・。
そんな奇跡のようなことが・・・人には、普通にできるんだ・・・。
人には、あらかじめ、そういう力が備わっている・・・。
そんな淡々とした、普通のこと・・・。
そういう営みに、奇跡がある・・・。
世の中は、奇跡だらけだ.
そういう“真我”を生きる可能性を・・・見せてくれる人が・・・今までは、いなかっただけなんだ・・・。
ううん。私が心閉ざしていたので、見えなかっただけ・・・。
そうなんだ・・・。
世の中は、奇跡だらけ。
心ひらき・・・。
私は世の中のを構成する一つの色に、なる.
時に、色を変えながら・・・。
美しい錦の一部に、なる・・・。
ああ、それがグラウンディングか・・・。
色あせた、中年のおばさんである、そして、光り輝く魂をもつ(人は誰でもがそう)、自分を受け入れ・・・。
心ひらく、安心感、安定感.
ことさらの神秘さもなく、ことさらの不思議さもない、普通である、奇跡.
人とつながりあう、実感もある、奇跡.
場にあるエネルギーとつながる奇跡.
エネルギーを自然に受け入れ、のみ続け、枯渇しない、奇跡.
それは・・・たぶん・・・おのれの弱さ、醜さ、できなさを受け入れたことからきている・・・奇跡・・・。
(そう、私の場合は弱さ、醜さ、できなさを受け入れたことで・・・ものすごく?ほんのちょっと?何かへの感度が・・・??目に見えないもの、微細さへの、エネルギーへの感度が・・・よくなった気がしている・・・)
しばらく・・・この、“なにもなさ”と・・・、(今までの私の感覚でいれば・・・)“よわさ”と・・・ともにいようと思う.
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