わたしの鼓動

Oct/2007 

おばあちゃん

ワークショップにいった。

いや〜。癒された。

すごく良かった。

あの場にいたみんなに感謝。

思っても見なかった、母方のおばあちゃんとのワーク。母方の幼いときに亡くなった伯父さん。

もう、母も、おばあちゃんも、してくださった方が、そのままを生きてくれた。

母があんなに騒がしいのは、まるで、私一人に対して、七人もの人がいるようにしゃべるのは、単に商家で、従業員も含めてたくさんの人がいたからじゃ、ない。おばあちゃんに見て欲しかったんだ。

おばあちゃんは・・・痛みを閉じ込めた、人。

痛みを感じてはいけない、と思っていた人。

痛みを感じないことによって、「強く」生きた人。日本橋の自転車屋さんとして戦後を生き抜いた人。

ううん。でも痛みも感じられない弱い人でもあったんだ。

そんなこと・・・私のある種の傲慢さや痛みを感じきれないこと、いつまでも弱くあること(自分が自分でいい、と思えないこと)、社会と適切に関われないことが・・・おばあちゃんと関係があるなんて・・・思っても見なかった。

母の家系は、いやだった。母の親戚とは会いたくなかった。

なんか、どう、挨拶していいか、わからない。
見栄張りの中の親戚付き合い、にしか思えない。
見栄のはれない自分は、どう対応していいか、わからない・・・。
・・・とずっとそう思っていた。

ワークの中でおばあちゃんの役をやってくれた人は・・・伯父さんが死んだことがわからない、といっていた。
小さな子供の死を受け入れられない・・・。

そう、そういうおばあちゃん、だった。(と思う)

痛みを感じることは、否認、する。認め、ない。

家が空襲で焼けても、多分、おじいちゃんが外で浮気しても、商売がうまく行かなくなっても、それは、認めない。

母がいくらおばあちゃんの前で「認めて、認めて、私はここにいる」といっても、わからない。そう、わからなかったんだ、と思う。
弱さをないもの、としている人には。痛みをないもの、としている人には。
母は、美人だった。若い頃。少女の頃も。美しい人だった(んだと思う)。

「でも、あんたより、死んだあのこの方がきれい」
母は、その言葉を受け入れた。
それでいい、と思った。
そうして、多くを望まず、勤務医の妻になる。
外国留学にいく。「私はそれで十分」。「私は十分幸せ」。
本当に?
本当に?

子供が生まれる。習い事をさせ、高度成長期の団地に住み、夏休みには家族旅行へ行く。
「私は幸せ。私にはそれで十分」。
本当に?
本当に?

それは、おばあちゃんが?あなたに与えた幸せ。
おばあちゃんがあなたに課した幸せ。

比較的学校の成績が良い子供たち。
「私は幸せ。私にはそれで十分」。
本当に?
本当に?

私は、ちっとも幸せじゃなかったよ。

私の中身は見てもらえず、関心を持ってもらえず。

ずっとずっと寂しかった。

今も寂しさは、続いている・・・。

でも、昨日・・・。

おばあちゃん役をした人は・・・ 伯父さんにずっと「私は死にました」「理由もわからず死んだことすら理解できないまま私は死にました」「私は今安らかです」と言われて・・・
  「叫びたい気分です」
といい
  「ぎゃーーーーーーーー」
と叫んでいた。

あの音で、何かが破れた。
あの声で、何かが流れ出した。

おばあちゃんの「強さ」のからが破れた音。

おばあちゃんがおばあちゃんの「弱さ」を認めた音。

弱くていいの弱くていいの。

人が死ぬ運命にあるものだ、ということすら、認めなかったおばあちゃん。
伯父さんの死を認めなかったおばあちゃん・・・。

弱くていいの弱くていいの。
それが人なの、それが自然なの。

人はいつか死ぬ。

それでいい。

弱さを受け入れても、なかなか慣れないおばあちゃん。
感じることに慣れないおばあちゃん。
  「でも、だんだんとこれでいいって思えてくる」

あたりまえじゃないか。
人生の半分は、痛みで出来ている。

あなたは、その痛みからずっと逃げてきた。
でも、そんなことは、出来ないの、そんなことは、出来ないの。

あなたの痛みを私が引き受けてきた。ずっとずっと。
ずっと、泣いて、きた。
ずっとずっと。
何かに向き合えずにいた。

私は、あなたの分の悲しみを受け入れて・・・
「弱さ」を私も避けて、きた。
ほんのちょっとずつしか・・・「弱さ」を受け入れられずにきた。

それは、おばあちゃん、あなたからきていたんだ・・・。
しらなかったよ。
ずっと・・・。
知らずに苦しんできたよ・・・。


伯父さんの死を受け入れたおばあちゃんはやっと母の存在に気づく。
微笑みもせず、やっと、母を目で追うおばあちゃん。
やっとやっと、そんなふうに、自分の娘に、気づく。

  「ずっと見て欲しかった、気づいて欲しかった」
おばあちゃんの胸にやっと抱かれる母。
  「あなたは私の娘」
やっと母を抱くおばあちゃん。

よかったね。よかったね。
母は・・・そんなふうにおばあちゃんに抱いて欲しかった。
ずっと・・・ありのままの母を見て欲しかった。
母の弱さも・・・あるものとして、大切なものとして、抱きしめて欲しかった。
やっと、母を抱くことに間に合ったおばあちゃん。

よかったね。よかったね。
本当に良かったよ。

そうして・・・今度は・・・母が私を見つける。
  「今までおばあちゃんに見つけてもらうのにいっぱいいっぱいで」
  「おばあちゃんに気づいてもらおうと必死で」
  「あなたのことを見てこなかった」
  「ごめんなさい、ごめんなさい」

少し離れて、静かに微笑む祖母。

時々後ろを振り返る母。

おばあちゃんがちゃんと見守っているか、確認している。

おばあちゃんはいつでも、母を見守っている。

やっとやっとつながった。
母の家系と。
母の家系のつながりの中で・・・私も生きている。
あたたかいものが流れてくる。

弱さを受け入れた祖母からは・・・強さも流れてくる。

やっとやっとおばあちゃん。
あなたを身近に感じることができます。

「ありがとう」
そう、素直に感謝、出来る。
あなたの存在に。あなたの愛に。
あなたの強さに。
ずっと一人で守ってきた、その強さに。
そうして・・・弱さを抱きとめ、死ぬ運命を受け入れるある種の広さ?かしこさ?が・・・私にもあることを・・・。
あなたからの大事な贈り物として・・・。
私にもまた、受け継がれてきていることを・・・感謝します。

  「ママ、私はここにいる」
  「ママ、私はここにいたの」
  「ずっとずっとここにいたの」
  「ずっとずっとまっていたの」
  「ママに気づいてもらうことを」
  「ママに抱きしめてもらうことを」
  「ずっとここにいて。ずっと待っていた」

母が、ありのままの私を抱きしめる。
弱さも、強さも、両方持つ私を。
ずっとずっと寂しい思いを抱えてきた私をやっと・・・抱きしめる・・・。

ママ・・・あなたもまた・・・よくやってきた。
痛みを抑えながら・・・よく私を、弟を育ててきた。

弱さを受け入れずに子育てするなんて・・・痛みを感じないようにしながら子育てするなんて・・・過酷だったでしょう?
よろこびも半減してしまうような・・・砂を噛むような思いもしていたでしょう?

中心がない感じ。
あたたかさで満ちていない感じ。
すかすかな感じ。
中心でない感じ。

そう思いながら、それを否認して、毎日子育てする。

でも・・・ね・・・。 ・・・でも、私にはいい思い出もいっぱいある。
家族で旅行にいったこと。
夏、お風呂上がりに扇風機にあたりながら、みんなでテレビを見てアイスキャンディをなめたこと。
みんなでいったプール。海水浴。お弁当を持っていった山登り。
みんなで楽しいこともいっぱいしたね。
ピアノの発表会も、見に来てくれたね。
パパも。弟も。
あの家族で本当に良かったよ。

みんな、みんな、感謝している。
みんなみんな、本当にいい思い出だ・・・。

ママ、ありがとう。

あなたに抱きしめられて。

私の弱さも受け入れてもらえて。
私の涙も、何もかも。
ありのままを・・・わかってもらえて・・・。

  「あなたに寂しい思いをさせたね」
  「おばあちゃんの分も、私の分も、あなたがまったく知らない、私ですら知らない伯父さんの分まで・・・痛みを感じてくれていたんだね」
  「ごめん、ごめん、知らなかった」
  「ううん、本当は知っていた」
  「あなたがやさしい子だってこと」
  「あなたが何か、痛みを抱えていたこと」
  「すごく寂しがり、悲しがっていたこと」
  「みんな知っていた」
  「でも、どうしてあげることもできなかった」
  「私も自分の痛みを抱きしめてもらっていなかったから」
  「自分の痛みを自分でも否認してきたから」
  「弱さがあっていいなんて知らなかったから」
  「弱さを受け入れてこなかったから」
  「あなたを受け入れられなかった」
  「あなたのありのままを」
  「強くて弱いあなたの」
  「受け入れられなかった」
  「ごめんなさい」

そうして、やっと受け入れられる。やっと何かがゆるんでいく。
やっと世の中が・・・安心できるところになりはじめる・・・。

どの人も弱さを抱えて生きているんだと・・・実感しはじめる。
もちろん強さもあって・・・生きている。

安心は・・・ジャッジしない態度に・・・つながる・・・。

世の中に・・・つながり・・・はじめる・・・。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ワークが終わったあとに・・・ファシリテーターが言う。

  「お母さんにあうときに、お花をあげるといいです」
お花?
  「『小さい頃寂しくて、ママの寂しさがわかった』
   『ママの寂しさが埋まるようにお花をあげるね』といって。
   お花をあげてください。小さくていいから」

そう。そうするね。

ママ、あなたとわかり合えること。

私の望み。








メールお待ちしています   angel@makoran.jp

わたしの鼓動へ

Contentsへ

ホームへ