Sep/2004
この話?を、まわりの人にしたら、何人か“面白い”とか“興味深い”といってくれた人がいたので。
うん。こんな話でも、もしかしたら、役に立つ?のかも、と思ったので・・・書いてみます、ね。
もう、ずっとずっと姿勢、がテーマだったの。ちっとも気に入った感じじゃ、ない。
首が異様に前にでていて、前屈み。
“これは、私じゃない”と、自動的に思う。
じゃ、どれがわたし?
わからない。
首をまっすぐ天に向けると、もう、窮屈なの。姿勢として。くたびれちゃう。
それでも・・・ボディーワークやら体操やらのおかげで・・・だんだんと気に入った姿勢になってくる。
これって、私だ、と思えるようになってくる。
でもね、その私って、笑ってないの。
マジ顔、というより、しかめっ面、というか、嘆き顔、というか。苦虫をかみつぶしたようなご面相。かわいく、ない。そうして、大人の顔、でも、ある。
その顔を鏡でみていると、泣きたく、なる。
自然に涙がでてくる感じ。
胸の上の方にたまっていた、涙。
どんどん、どんどん、溢れて、くる。
もう、とまらない、の。
とめる必要も、ない。
この顔を喜ばれなかった、この顔でいることを壊された、といって泣いている。
そんな、人のせいにすることじゃないのかもしれないけれど。
今は、泣いていたい、気分。
もう、とめられない。
とめる必要も、ない。
中学生の頃にも、高校生の頃にも、大学生の頃にも、いわれた。
“まこらんはときどき、すごく恐い顔?真面目な顔している”って。
大人になってからもいわれた。
“なんて顔しているの?そんな顔している人、どこにもいないわよ?”
母の無神経な一言。
素でいることを決定的に、禁じられた瞬間。
まっすぐ前をみて、顔を上げると現れる、表情。
まるで知らない人みたいな、自分。
しゃべろうとすると、ゆっくりしかしゃべれない。
ものすごく低い声でしかしゃべれない。
男の人みたい。かわいさ、や、やさしさ、から、とても遠い。
嘆き悲しむ、怨念?のような?声。
そりゃ、母だって、こわがるだろうよ。
正気から遠い、母ならなおさら、こわがるかも、ね。
うん。自分だって、無気味だって、思うもの。
我ながらそう思う。
そうして・・・もう、気が付いてしまったからには、無視、できない。
この表情といると悲しみを感じるのだったら、悲しみを。
涙が溢れるのだったら、涙を。
嘆いたり、恨み言を言うんだったら、嘆きや恨みを。
唸るのだったら、その唸り声を。
まず、私が聞く。
受けとめる。
そうして、確信する。
もしかしたら、これが、いわゆる“ありのままの自分”かもしれない、と。
ええ〜。これが、自分。こんなのが、自分。
無表情で、やたら、首がひょろ長くって、極端な二重あごで、かわいくない。
こんなのが、自分なんだ・・・。
だけど、ちっともいや、じゃないの。気に入っているの。
見方によっては、堂々としていて。
からだも、首も、頭も、ちゃんとつながっている。
一体感がある。
結構好き、なの。
いっぱいいっぱい泣いて、十分泣いて、まだ涙は残っているみたいだけれど・・・。
一通り、今は、おさまった。
そしたら、ね、なんか、試してみたく、なる。笑わない表情を。
人前にいてみたく、なる。
するとね、けっこう、いいんだ、これが。
ううん。最初っから、よかったわけじゃ、ない。
ちょっとずつ、ためしてみる。
うん。やっぱり、どうやら、いいみたい。
何って、ラク、なんだよね。
自分は自分でいられる感じ。無理して笑わなくていい感じ。
そうして、ね。まわりの人も、そんなにいやじゃ、ない、みたい。
堂々とやり取りできる。
何人かの人には、“笑わない表情で、正気に戻りつつあるの”。
“そう言うのがでてきても、びっくりしないで、ね”と
事情を話して、おく。
“二重人格じゃないの?”とか“そういうのってコントロールできるの?”とか、いわれる。
うん。二重人格じゃないし、そうしたいときに、そうする、というコントロールは、できる。
しばらく、この私と、いてみる。
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