セッション・レポート
こちらにきていただいたAさんのセッション体験のレポートです。
今後の人生に迷うところがある、とおっしゃっていた、いわゆるアラサー世代のAさん。
まじめな印象の方ですが、ファッションは遊び心のあるテイストで、ある意味バランスがとれている方だな、という印象を持ちました。
迷いが払拭されたかどうかは、きっと、これからはっきりしてゆくのでしょうが、
「人がこわいと思っているんだなあ」ということと「自分を表現してゆくことに問題があると思っている」というところは、「今とこの前世は共通している」とおっしゃっていました。
この前世では「考えていることは自由だったけど、環境が不自由だった」
今は「環境は自由だけど、考えを自分でしばっている」とおっしゃっていたことも印象的でした。
「自分でつくったイメージなのかな?」
そうもおっしゃっていました。
そうかもしれません。でも、今、ここで、そのイメージが作られて、そこから何かが得られている、ということそのものが大切な気がしています。
とても大切なことをすでにご存知なAさん。
きっと、今生でも、その経験を広げ、Aさんの存在そのものでまわりの方たちが癒され、Aさんもまわりの方たちから、力を得てゆく…。
私個人として、そういうポジティブな循環を願わずにはいられません。
Aさんにお願いして、HPに掲載を許可していただきました。
セッションでいつもいつも、こういうAさんのような体験をされるとは限りませんが、でも、ヒプノやセッションの力、ひいては「人が持つたくさんの可能性」の一端を感じていただければ、と思い掲載させていただきました。
軽井沢の道ような、細い背の高い木がたくさん生えている森。
自分は、しがらみのない、自由な、守られている気分。
何の心配もなく。
自分は女の子。14歳ぐらい。
白いワンピースを着て、一人で木を抱きしめている。上の方を眺めている。
枝分かれしている様子。葉っぱのすき間から光が漏れている。
眺めていると飽きない。
背が伸びた。19歳ぐらいになっている。
巫女さんになった様子。
白い着物。垂れ下がっている長い袖。
黒い髪がつやつや。後ろに一本で結んでいる。
巫女さんは暗くてジメーッとしたところにいる。
さっきの森とはちがう。
あまり広くない。
堅苦しい窮屈な気分。
海沿いの洞窟のそばに一人でいる。
海の水が入ってきそうな、引き潮のときにでてくるような、
小さく狭い四つん這いで入るような洞窟に神棚がある。
ひらひらの紙がついている。
神様を見ている。穴から見える海を見ていると、ちょっと悲しい。
今の自分と似ている。
他のみんなは明るいところで楽しくしている。
海の向こう側の町では、同じぐらいの歳の人が楽しそうにしているのに。
神様を守りたくて守っている訳じゃない。
おいて出て行く訳にいかない。
おいて出て行ったらすごい罪悪感。
何をしても楽しくない。心の中に大きな黒いものがある感じになりそう。
海風は良い。海の上は好き。
気づいたら、そうしなきゃいけなかった。
決められていた。家が決めた。
おじいちゃんがいる.
あまりしゃべらない。
何も娯楽はない、読み物もない。
同じ質問を頭の中で繰り返している。
神様を祭っている割には書物が少ない。
みんなここを知らないんじゃないかってくらい、外から隔てられている。
なくなるとき。
28〜30歳ぐらい。
布団に横たわっていて、天井が見える。熱?病気?
熱高すぎて、視界もやもやっとする。
頭ぼーっとして、息切れする。
誰もいないようだ。
巫女さんの服をきたまま寝かされている。
とても狭い小屋のような部屋。
巫女さんの人生のよかった点:
こんなに静かに長く波のない人生を送った。
神様と向き合うって、こういうこと?
人間で生まれたのに、神様と似たような生活をしなければならなかった。
人間としての私は死んでいるのと同じ。
死んでいるのか生きているのかわからない。
神様は、そこにいるかどうか、わからない存在。
自分としても、そうだった。
心残り:
ない?わからない?
熱で寝ているとき、多少あった不安が安心した。
死んだら開放されるから。
こんなこと思ったら、神様にわるいよなー。
役割は全うした。
死ぬことでしか、自分の役割から開放されなかったから、
早くそういうふうに取りはかってくれた。
死んだら、何の神様か、忘れちゃった。
ぱっと見たらやさしい女の人。やさしい観音様みたいな人。
よく見たら、長くて、ギザギザしている。
竜か蛇なのか、わからない。
こわい。眼光鋭い。
普通の状態で見たらこわいんだけど、
やさしい、やさしいんだねー。
結構いじわる。しゃべり方がつっけんどん。
巫女:一緒にいてくれてありがとう。
神様:フン
って感じでいっちゃった。
目でものをいう人。
目はフンて感じじゃなかった。
静かにものをみる。
何もかも見透かされている。
自分が好きで、神様といる生活を選んだのではないって、神様は知っている。
巫女:ごめんねって思いつつ…だってそうなんだもん。
神様:命令した訳でもない。ただ、そこにいて見ていただけ。
今の人生との共通点/関わり:
自分の不満を抱えつつ、後半は自分の役割を受け入れていた。
あきらめにも近い気がする。
その役割に納得いかない。
受け入れる気持ちもありつつ、もっと自由にもっと楽にいく道もある。
自分の仕事投げ出せないし、自分が役割を果たすことで救われる人もいる。
自分があえて、役割を放り出して、荒波たてる必要はない。
誰かが苦しむ目にあう(のはよくない)。
誰も、神様を知っている人、いなくなっちゃう。
神様一人でかわいそう。
だから、一緒に寝ている。
もうちょっと、歳が若い頃だったら、おじいちゃんさえいなければ、外に出て行ったかも。
神様から「おまえにもう関係ないだろ」という雰囲気が伝わってくる。
巫女さんの人生をやり直してみる
神様に「一緒に外に行こう、ここはさびしいよ」という。
神様は、伸びた首を引っ込めて、また寝た。「ここにいたい」という神様の意思表示。
「私は人としていきたい」「生きりゃ良いだろ?」
そういわれたら、いわれたでさびしい。
「何さ、ずっと一緒に居たのにさ。私にあまり興味ないんでしょう?」
Th:あなたを理解してくれる人、いるかもしれないよ。
神様には、神様といるにふさわしいあなた以外の人、いるかもしれないよ。
巫女:え?そんなこと、考えたこと、なかった。
私を人が理解してくれる?
しばらく神様の方を見て、考えている。
人の中に入るのがこわいのは、今までしゃべることのない人生だったから。
たくさんのひとの中で何をしゃべれば良いの?
気づいたら、一人だった。
神様の神棚だけよくみていた。
洞窟から、ほかの人が、自分とおじいちゃんと住む小屋を建てるのを見ている。
意味もなくしゃべるなー。会話じゃない。「ウシ」とか「ワー」とか。
自分の思っていること多すぎて、どうしゃべっていいか、わからない。
海とか、岩とか。
生きている訳じゃない。
けれど動きはある。波が寄せたり引いたり。
そこにいて、なすべきことをする。
神様も本当はそうなんでしょう?
ただ、自分の役割をしている。
生まれたときに、役割はあるもので、私だけが特別じゃないらしい。
役割を果たすこと。
それが、ものがそこにあることの本当の意味。
生きると、いらないものがいっぱいくっついてくる。
ただ、役割を果たすだけという単純な目的だけなのに、
よけいなものがいっぱいくっついて、なんだかよくわからなくなる。
巫女:生きるってどういうこと?何のために生きているの?
大工:はあ?
巫女:やっぱり、わからないものなのかなあ。わからないから一生懸命生きているの?
大工:なんだかよくわからないけど、生きてんだよ。
巫女:生きることにどういう意味があるのかな?
大工:大変だけど、楽しいよ〜。
巫女;………。
胸がいっぱいになる。
人間と神様はちがうんだ。
本当に神様が好きで、神様に惚れ込んだ人が、神様に似た生活をしているのかなあ。
神様のことも好き。
この生活も、それが根本にあったからしていたんだとおもう。
もうちょっと、いろんなこと知りたいかなー。
今回の人生を眺めると…:
自分で自分を窮屈にしているんだねー。
これをしちゃいけないと自分に制限している。
自分は人よりできないから、人の何倍がんばんなきゃいけない、とか。
まわりからどう見られているか気にして、自分に制限をかける。
自分の思い伝えられないところがある。
不思議。
巫女さんの人生では環境の不自由さがあったけれど、
自分の考え、気持ちに関する制限はなかった。
今は、環境は自由なのに、自分の考え焼きもちに制限をかけている。
自分が信頼している人に、自分の気持ちいえるようになる。
「私はここにいるよ」「私はここで生きている」
思うこと考えていること本当はいっぱいある。
人に理解してもらっていないものも、いっぱいもっている。
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(C)1998 西田/室伏真佐子 Ailes d' Anges 天使の翼